アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
13
-
「ふはっ、はははははっ。ははっ…さて」
盛大に笑っていた悠牙が、ひとしきり笑い終えて、チロリとこちらを流し見た。
「気持ちは分かった。けれど、食事を粗末に扱ったことは許しちゃいけないよな?」
「っ、それは…っ」
ギクリ、と強張る身体が、嫌な予感をひしひしと感じ取っていた。
「食べ物に罪はない。こんな無残な姿にされて…」
悪いのは誰だ?と言いながら、床に散らばったパンやスープを示す悠牙が、ゆっくりと間近に迫ってきた。
「っ…」
「なぁ?彩貴。反省が必要だよな?」
2度とこんな振る舞いをしないように、と目を細める悠牙に、ビシリと身体が固まった。
「っ…く」
まさかまた、仕置きと称して尻をぶたれるのだろうか。
確かに食事を払い落としたのは私だけれど…。
「彩貴」
「っ…」
嫌だ!怖い。
悔しく情け無いが、本当に他者から痛みを強制的に与えられることになど慣れてはいないのだ。
あのような仕置きをまたと思うと、怖さ以外のなにものでもない。
「来い」
恐怖に固まる私に構わず、その腕を取った悠牙がズルズルと、私の身体をソファーまで引き摺るように連れて行った。
「っ、わ、るかった…。謝る」
こうなったらもうなりふり構ってはいられなかった。
「ふぅん?今日はやけに素直だな」
ドサッとソファーに向かって放り出されながら、私は必死で悠牙を見上げた。
「許せ…っ」
「くははっ、もしかしてよっぽど前回のお仕置きが懲りたのか?」
王子様も痛みの前では形無しか、と笑われても、痛いものは痛いし、嫌なものは嫌なのだ。
「っ、私はもう王子ではない…」
いつもの反論も、いつもほどの勢いが出なかった。
「ふはははっ、これは何より。ならば余程の悪さをしたときは、また尻をたっぷりぶってやろうなぁ」
「きさま…」
「だけど今は、とりあえずこれだ」
「え…?」
ソファーに私の身体を残した悠牙が、何故か散らばった食事のもとに向かい、それを拾い上げて戻ってきた。
「ほら」
「っ、っ…?」
ずいっと目の前に差し出されたのは、私が払い落としたパンで。
「受け取れ」
「き、さま…?」
「おまえが知っているかいないかは分からないけどな、前王が富を欲しいままにし、贅を尽くしていた裏でな、地の底を這うように生きていた民たちがいる」
「っ…」
「その者たちはその日食うものにも困り、城から出た残飯を漁ってでも飢えを凌いでいた者もいた」
っ…。
知ってはいた。けれど知らなかった。
そこまで、そこまで民たちが貧困していたなど…。
「それに比べたら床にちょっと触れたパンを食べることくらいなんだ?罰にもならない」
「っ…」
「だけど彩貴、おまえには十分な罰になるな?」
チラリ、と視線を向けられて、その正しさに私はくしゃりと俯いた。
「っ、ん…」
「このパン1つ。おまえが無造作に払い落としたパン1つがあれば、生き長らえられた者がいる」
「っ〜!」
ぐ、と噛み締めた唇が痛んで、私は震える手の平を悠牙に向かって差し出した。
「おまえはおまえの振る舞いを、深く反省しなくちゃいけない」
悔しいけれど、悠牙の言うことはすべて正しい。
私が行った振る舞いは、前王が踏みつけにしてきた命への侮辱だ。
「床に触れたパンを食べさせられる機会などなかっただろう?」
「っ…」
「おまえには、随分な屈辱だ」
「っ、私は…っ」
「だけどおまえのしたことは、それよりもさらにひどい屈辱の中を必死に生きてきた者たちへの冒涜だ」
だから噛み締めて食べろ、と手の平の上に置かれたパンを、私は大事に大事に包み込んだ。
「い、ただき、ます…」
ボロリと溢れる涙をそのままに、大事にそれをひとくち口にする。
「っ、美味しい…っ」
「そうか」
「美味しい…っ…」
「うん」
「ごめんなさい…」
「あぁ」
「っ、ごめんなさい…っ」
ぐちゃぐちゃに泣きながら食べるパンは、酷く塩辛く、そして美味しかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
13 / 68