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「ふっ、それで、また泣き眠らせたのですか?」
貴方も意地悪ですねぇ、と言う緩やかな声が、眠りの世界の遠くから聞こえる。
「ふん。こいつにはこの身体に抱えきれないほどのものを、無理矢理にでも背負い込むきらいがあるからなぁ」
ふわり、ふわりと頭に触れる手は、母上のものであっただろうか。
「だからと、床に落ちたと思わせたパンを食べさせるなんて。少々やり過ぎですよ」
「ふっ、このじゃじゃ馬な王子様には、あれくらいしてもどうってことないよ」
「お言葉ですが…」
「だってごめんなさいだぞ?」
「はい?」
「ごめんなさいと泣きながら食べるんだ。粗末に扱ってごめんなさいはいい。だけどこいつは、美味しくてごめんなさいとも泣いているんだ」
愚かだよなぁ?と笑う声があまりに優しくて、私は夢の中なのに泣けてきた。
「自罰意識が強すぎると?」
「そうだな。1人生き残ったことへの罪の意識が消えない」
「無理もないかと」
「そうだな。だけどガス抜きは必要だ」
なにせこいつは生きている。
そう呟いて髪に触れる手は、温かくて優しかった。
「だから、適度に責めて泣かせて?だからといつまでもお命を狙われてあげるおつもりで?」
「ふははっ、子猫がじゃれついてくる程度だ、一向に構わない」
「はぁっ。本当に、とんだご酔狂ですよ」
「そうかぁ?」
「そのように、隠し持っていた新しいパンをこっそり落ちたものとすり替えて、ご自分が古くなった方のパンを口にするなどもね」
貴方様はもう国王なのですよ?いい加減にご自覚をお持ち下さい!と嗜める声が怒っている。
「ふははっ、これはこれで美味いぞ」
ふっくらはしていないけど、と笑う悠牙の声に、私の意識はフッと浮上した。
「そういえば焼きたてのようにしっとりとしていた…」
時間が経ってパサパサであるはずのパンが。
「おっ?おはよう。もう夕方も過ぎたけどな」
「なっ…」
パチリと目を開けてみれば、真上には悠牙の顔があって、私の頭は何故か悠牙に膝枕されていた。
「っ、下ろせっ…」
「あ〜あ、無防備に寝ているときは可愛かったのに」
「何をっ…」
「まぁ目覚めても美貌は崩れない」
キレーな顔、と笑う悠牙の方こそ、男らしくて美しい見目は、相当得をしてきたに違いなかった。
「きさま…っ」
「だから悠牙」
「っ…きさまは…」
「ほ〜んと、強情」
でもそこがいい、と笑う悠牙が、不意に隣に顎をしゃくった。
「……?」
「こいつ」
「え?」
「もう先に自己紹介をしたみたいだけど、俺の側近をやってもらってる。今度宰相につけた。弥景だ」
「あ、あぁ」
確かにそう聞いた。
「多分、俺の次におまえとは関わる機会が多いだろうから覚えておけ」
分かったな?と笑って髪をくしゃくしゃにしてくる悠牙から、私は必死で身を遠ざけた。
「気安く、触るなっ…」
「ふははっ、本当、勇ましい」
遠ざかるついでに悠牙の手をパシッと振り払ったことを笑われる。
「まぁ、俺がどうしても側にいてやれないときなんかは、この弥景が代わりにおまえを守ってくれる。いざというときはこいつを頼れ」
「っ、私は、きさまらに守られる必要など…っ」
「まぁそう言いなさんな。弥景は強いぞ」
ジーッと見つめてしまった悠牙から、私はツンと顔を逸らした。
「これを本当に手懐けられるのですか?」
「まぁな」
「随分と骨が折れそうですね」
「そうかぁ?楽しいぞ」
「まぁ貴方の酔狂は今に始まったことではありませんけれど」
ふっ、と呆れたように吐息をついた弥景が、次にはスッと表情をなくして、淡々と悠牙に聞いた。
「それで、お次はいかがいたしましょう?ご夕食にしますか?それとも先に湯浴みのご準備を?」
軽く傾いた弥景の頭に、悠牙が一瞬思案して私を見る。
「そうだな…。先に風呂にするか」
「かしこまりました」
「彩貴、おまえ先に風呂に入ってこい」
「風呂…?」
私が?
思わずコテンと首を傾げてしまったら、悠牙がぐにゃりと眉を寄せた。
「おまえまさか、1人で風呂に入れないとか言い出さないよな?」
王子様?と言う悠牙に、カッと血が上った。
「私はもう王子ではない!それに馬鹿にするな!風呂くらい自分で入れる」
まぁ王宮にいた頃は、そりゃ付き人があれもこれもとしてくれたけど…。
「くくくっ、そうか。ならよかった。弥景、こいつを風呂まで連れて行ってやれ」
「ふんっ、案内などなくとも、1人で行ける」
知ってみればここは離宮の1つ。どこに何があるかなど、勝手知ったる元我が家の1つなのだ。
「そう言われればそうだけどな〜」
「ふんっ、行ってくる」
そういえば、あの惨劇の日の翌日こそ綺麗にされていた身体だけど、それから後に清めた覚えがない。
私は、プラプラと振られる悠牙の手を背にして、ズカズカと部屋を出て行った。
「まったく…本当に何がいいのやら…」
その趣味だけは理解できない、と意味不明なことを呟きながら、後を追ってくる気配は、弥景のもののようだった。
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