アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
15
-
「ふぅ〜っ」
ちゃぷん、と揺れる湯の中で、私はゆるりと解れていく身体を伸ばしていた。
「こんな穏やかさを、許されていいのか…」
湯の心地良さにうっとりと目を閉じながら、私は自分の置かれている状況をせせら笑った。
「何をしているのだろうな…」
1人無様に命を生き長らえさせて、憎い男に仇討ち1つ成し遂げられない。
それどころか食事や風呂まで世話になり、説教や叱りまで受けている。
「挙句に妃になど…」
本当に、あの男は何を考えているのか。
そして私は何をしているのか。
パシャンと揺らした湯の中で、私は眼裏に浮かぶあの日の光景を睨み据えた。
忘れるな、忘れるな、忘れるな。
あの男は肉親や宮中みんなの仇なのだ。
ぶわっと蘇る惨劇の光景の中に、首と身体を切り離された父の姿が映し出される。
倒れゆく母の身体からは、長々と剣先が突き出ていた。
憎め…。
あの男は私にそう言った。
そうだ、憎め。
肉親の、王宮みんなを惨殺した、酷い男だから。
「憎め」
絆されてはいけない。
私はあの男に仇討ちするために生きている。
「この手で、必ず」
みんなの怨み、あの日、喉元に突きつけられた剣先が、震えるような恐怖を強いた、あの男の行いを忘れはしない。
ぎゅぅっと握り締めた手の平から湯が零れ落ち、ピシャンと小さな水音を立てた。
「そのためには、どう暗殺を成功させるかだな…」
力ではどうにも敵わないと思わざるを得ない。
「不意打ち…も失敗に終わっているしな」
あの男の出自がどうなのか、得意とすることがなんなのかを知らないけれど、あの男の反射神経は並大抵のものではなかった。
「革命軍のリーダーなどになれるような男だ。剣も武術も腕前は確かなんだろうな…」
そんな男と、一応の剣の指導を受けて形にはなっている、程度の実力の私が、まともに斬り合って話になるとは思えない。
「ならば毒?」
そうするとして、どうすればその毒物を入手することが出来るだろうか。
毒物に関する知識や耐性をつけるため、多様な毒物を目にも手にもしたことはあるけれど、あれがどこからどうやって用意されたものかは知らなかった。
「しかも今の私にそう易々と入手させるわけがないだろうな…」
きっと毒物を手に入れようと動き出した時点で悠牙に知れて御用となるだろう。
「はぁっ…」
行き詰まりだな。
バシャンと揺らした湯が跳ねて、思ったよりも大きな音が上がった。
「…彩貴様?」
ふと、浴室の扉の向こう、いらないと言ったのに聞き入れられなかった護衛に立った弥景の声が、心配そうな響きを宿して飛んできた。
「っ、何でもない。大丈夫だ」
ゆらりと動く人影に、私はハッとして手を振った。
だけどそろそろ出ないとな…。
あまり長湯をしていたらのぼせてしまう。
ザパァッと湯を振り払うようにしながら立ち上がった私は、すでに遅かったのか、くらりとなった頭に足をふらつかせた。
「っ…」
「彩貴様?」
「だ、いじょ…っ、っ」
あぁ、まずい。
ふらりと力の抜けた身体が、浴室の床にぐったりと伸びてしまう。
「彩貴様?失礼致します。入りますよ?」
「っ、っ…」
だらりと床に身体を預けながら、ぼんやりと視線だけを上げたら、湯気の向こうから弥景が近寄ってくるのが見えた。
「彩貴様っ」
「だい、じょうぶだ…ただ湯当たりしただけで…」
「どこがですか…」
少しも大丈夫そうではない、と呆れながら、弥景がタオルをかけてくる。
「失礼します」
そのままタオルに包まれて、ふわりと身体が抱き起こされた。
「歩けますか?」
「あぁ、大丈夫だ」
よろり、と、弥景の腕を借りながら、なんとか浴室の外まで歩く。
「お着替えをお手伝いいたします」
ここに立て、と、脱衣場の棚にもたれ掛けさせられて、私は小さく首を振った。
「自分で、出来る…」
着替えくらい、と思ったけれど、めまいのする視界が定まらない。
「大人しくしていて下さい」
暗に手間を増やすな、と言われてしまい、私はぐっと唇を噛み締めた。
「………」
「………」
無言で身体を拭かれ、スルスルと衣服を着せられていく。
足を上げたり手を伸ばしたり、それに協力しながら、私はふらりと周囲に視線を向けた。
っ…!
あれは、短剣…。
ふと、視界に入ったのは、多分弥景が浴室に駆け込むにあたって外して置いたのだろう。
長剣と並び置かれたそれに意識が引かれる。
あれが手に入れば…。
そうだ、寝込みだ。
起きているときに斬り掛かっても容易く避けられてしまうのなら、寝ているときならどうなのだ。
それならば…。
万が一にも勝てる可能性があるのではないだろうか。
ジーッと見つめてしまった視線の先の短剣を、どう気付かれずに盗み取ろうかと考えたところで。
「やめておいた方がいいですよ」
「っ?!」
「悠牙様はあれでいて、近衛隊長すら秒で倒されるほどの剣の使い手です。また剣のみならず、あらゆる武術に長けています」
「っ…」
「あの方を武力でどうこうなど、とても出来ることではありません。たとえ睡眠中であられても」
さぁ終わりました、と、淡々と手も動かしていた弥景が最後の一枚の衣服を着せ終え、ポンと軽く腰を打った。
「何故…」
「彩貴様?」
「何故」
気づいた。
するりと弥景の手に戻って行ってしまう剣を見ながら、私はふらりと弥景に視線を移した。
「貴方は視線で語りすぎるのです」
「視線…」
「それに、私は文官に見られがちですが、悠牙様と互角に打ち合える程度の剣技は持っておりますし、武術も一通りは熟せます。あなたの不穏な気配に気づかないほど鈍くはありません」
「っ…」
聞いてない。
こんな、事務仕事だけは得意です、みたいな顔をした優男が武道も出来るなんて。
「言うのか…?」
「はい?」
「あの男に…」
私が短剣を盗ろうとしたことを。
「言いつけるのか?」
チラリと見上げた弥景の顔は、はいもいいえも分からなかった。
「お伝えした方がよろしいですか?」
「はっ?それは弥景が…」
「お伝えしたら叱られるのでしょうね」
「それは…」
「お怖いですか?」
「なっ、私は別にっ…」
「そうですか」
ゆるりと目を細めた弥景は、結局どちらとも答えを言わないまま、「さぁもう行きますよ」と、脱衣場の扉を開けた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
15 / 68