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「おかえり〜」
なんと、呑気な。
湯浴みから戻った部屋の中では、悠牙が酒の入ったグラス片手にのんびりと寛いでいた。
「いい顔色になったな」
「きさまは…」
「それにしても良すぎないか?」
真っ赤だな、と言われて私はふらりと目線を落とした。
「彩貴?」
「別に…」
うっかり湯当たりをしたなどとは、恥ずかしくてこの男には言いたくない。
「ふっ、そうか。ほら来い」
何故か不意に目元を和らげた男がソファーから立ち上がり、私を誘いながら、テーブルの上の水差しに手を伸ばした。
「んっ」
ほれ、と言わんばかりに、グラスに注がれた水が差し出される。
「きさま…?」
「ほら」
受け取れ、と、手の中に無理矢理グラスを握らされ、私はぼんやりとそんな男を見上げた。
「こんな顔をしていると色っぽいな」
さすがは元王妃に似た美貌だ、と笑う悠牙に、カッと頬がますます熱くなる。
同時にヒヤリと頬に触れた悠牙の手の甲が、冷たくて気持ちよかった。
「っ、私に、触るな…っ」
いけない、いけない。
何を流されているのだ。
慌ててパッとその手から身を遠ざければ、悠牙が可笑しそうに目を細めて笑う。
「零れるぞ」
それ、と言いながらグラスを指差す悠牙を睨み、私は水に罪はないとその中身を一気に口にした。
もしも毒ならば、私は死ぬな…。
これまで、口にするものはすべて毒見役が必ず毒見をしてから私の手に渡っていた。
だから、その手順を踏んでいない食べ物、飲み物は警戒するべきものであるはずなのに。
そういえばここへ来てから、私は何の疑いもなく、食事もパンも口に運んでいたな…。
たった数日でどれだけ平和ボケしたのか、と思うのと同時に、それが無意識に悠牙を信頼していたのだということに気がついて、口惜しさに歯噛みする。
「私は…っ」
その苛立ちのままに、空になったグラスを悠牙に向かって投げつけようと振りかぶった私は、悠然と構える悠牙の表情を見て、ぐっとその手を押し留めた。
「いい子だ。おかわりか?」
ぷくく、と笑う悠牙が腹立たしくて仕方がない。
この男の全身が、私が何を思い、何に苛立ち、何をしようとしたのかを、すべて見通しているのだと言っているみたいだ。
「注げ」
そのあまりの悔しさから、せめてもの反撃だと傲慢に命じてやれば、それすらも楽しそうに受け止められてしまった。
「はいはい、王子様」
「っ〜!私はっ、もう、王子ではないっ!」
どれだけ馬鹿にすれば気が済むのか。
悔しさが悔しさを呼んで、けれどもそれを向ける先が見つからなくて、私は再び一杯になったグラスの水を、酒を呷るようにグィッと一気に飲み干した。
「ふははっ、いい飲みっぷりだ」
清々しい、と笑う男を睨みつける。
けれどその時、じんわりと染み入る水分が、全身を満たしていくことに気づいてしまった。
「きさまっ…」
私は黙って隠していたのに。
この男は、私が湯当たりをして脱水症状になっていたことに気がついていたとでもいうというのか。
「きさまは…っ」
だから嫌いだ。
嫌いなのだ。
この男は私をわずかも誤らずに見通してくる。
私の思い、考え、行動すべてを理解して…。
「嫌いだっ。大嫌いだ…っ」
だけどその言葉が持つ嘘の響きも、きっとこの男には見破られてしまっているのだろうなと思ったら、涙が止まらなかった。
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