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翌朝、早くからの移動には、さすがに私も辟易した。
「だからっ、何故私がっ、きさまと同じ馬なのだ!」
しかも悠牙の前に、後ろから抱き抱えられるような形で2人乗りをさせられている。
「喋っていると舌を噛むぞ」
「だからっ、こんなに飛ばさなければいいっ…」
「うひょ〜っ、だって気持ちがいいだろう?」
「それはっ、そうだが…。1人ならもっと…」
言いかけたところで、悠牙がまたも馬の脇腹を蹴り、私はさらに上がったスピードに、思わず悠牙に背中を預けた。
「ふはははっ、速い、速い」
「きさまっ…」
「そういえば彩貴は、1人で馬に乗れるのか?」
聞かなかったな、と笑っている悠牙が聞かなかったのは、私の話だ。
「馬術くらいはしっかりと習得していると言った!」
「そうだったか?さすが王子様」
「っ〜〜!だから、私はもう王子では…っ、速い、速い、速いっ…」
さすがに振り落とされる!
本能的な恐怖から、身体の両側に伸びる悠牙の腕を、ぎゅぅっと固く握っていた。
「ふはははっ、いい馬はいいな。乗り心地が最高だ。なぁ彩貴、今度一緒に遠乗りに行こう」
「はっ、きさまのっ、暴走馬についていける者など…っ」
「あぁん?いるぞ」
ほらあそこ、と示される先にいた。
弥景がシレッとした涼しい顔で、悠牙の馬の一歩後ろを平然とついてきている。
「本当にきさまらは何なのだ…」
「くははっ、ほら、もう見えてきた」
王宮だ、と言われて、みた先に、かつてと変わらない姿のそれはあった。
「っ…」
途端にドクンと鼓動が跳ね、身体が緊張した。
その背をそっと、悠牙が宥めるように抱き支えてくる。
揺れる馬上では、ただそれに背中を委ねる他なかった。
✳︎
「おはようございます、悠牙様」
「おはようございます」
王宮内の廊下に一歩入ったところで、あちこちから元気な声が投げかけられた。
「おはようさん。おっ、今日もよろしくな」
「はい、頑張ります!」
「こちらも、大変だけどよろしく頼む」
「お任せください!」
掛けられる挨拶や、向けられる会釈にいちいち応えながら、悠牙はゆっくりと奥へ進んでいく。
「悠牙様っ、おはようございます!」
「お〜、おはよう。毎日ありがとうな」
新しい壁の貼り替えか、ゴシゴシとそれを擦りながら悠牙に向かう声は明るい。
悠牙が挨拶に応えれば、パッと輝く表情が眩しかった。
「………」
「彩貴?」
「………」
「どうした?」
「………」
そんな悠牙の隣を歩きながら、私はがらりと変わってしまった王宮内の様子に、キュッと唇を噛み締めた。
「彩貴?」
この城は、こんなに明るい場所だっただろうか。
「お〜い」
こんなに眩しきところだったか?
「彩貴?どうした?」
この男は、国王のはずだ。
国王というのは、こう、もっと…。
「さ、い、き!」
「っ…」
目の前で、ブンブンと振られる手を、私はバシッと振り払った。
「おっと。あ〜、よかった。歩きながら寝ているのかと」
器用なやつだなと、なんて呑気に笑っている、この男は本当に何なのだ。
「きさまはっ…」
怒らないのか。
私が今、振り払った手は国王陛下のものだぞ?
「こんな振る舞いをしたら、不敬罪で投獄だ」
なのに何を平然と、ヘラヘラ笑っているのだ。
「はぁ?おまえはまた、何を言っているんだか…」
「っ…」
何を言っているのかはきさまの方だ。
私はなんだかとても苛々して、その苛立ちのままにズンズンと悠牙を追い越し、手近に見えてきた扉を開けた。
「あっ、そこはまだ…」
「っ!」
ヒッと喉に絡まった息が変な音を立てた。
ついうっかり開けてしまった扉の向こうは、まだ掃除も改装も済んでいない、血塗れのままの部屋だった。
ここは確か大臣の…。
この部屋を与えられていた貴族の男は、王の取り巻きの1人で、王の圧政に便乗して利益を得、私腹を肥やし続けていた人物だった。
「彩貴」
見るな、というつもりなのか。
不意に後ろから伸びてきた手が私の両目を覆った。
「っ…!情けなどいらぬっ!」
気遣われるなどごめんだ。
「彩貴」
「これはっ、私が受け止めるべきもの!あの日、何が起きたのか、忘れずこの目に焼き付けておくべきものだ!」
だから見せろ。
私の力が至らなかった証を。
父を窘める力を持たず、大臣たちのつけ上がりを許し、富を欲しいまにさせてしまった者の末路を。
「見せろ」
きさまたちに奪い去られた、憎しみを忘れぬために。
本当は死ななくてよかった者もいたはずの、すべてを血で塗りつぶしたきさまたちの所業を。
ぐいっと悠牙の手を引き剥がし、私は次の部屋へと駆け出した。
「あっ、彩貴っ…」
「っ〜!」
次に向かった先は使用人たちが使っていた部屋だった。
「あ、あ、あぁ…」
そこはもう改装も掃除も済んでしまい、小綺麗で、明るい日差しが差す場所になっていた。
「っ…」
あの頃の面影は、部屋の間取りでしか分からなかった。
それほどまでに様変わりをしてしまった室内。
惨状の記憶すらも残らなかった。
「彩貴…」
「行かせろ」
「彩貴?」
「行かせろ。玉座の間に」
あそこだけがきっと、私を責めて責め抜いてくれる。
気遣うように肩に触れてきた悠牙の手を、再びバシッと振り払い、連れて行ってもらうまでもなく、はっきりと覚えている玉座の間の方へ向かって私は走り出した。
「おいっ、こら彩貴っ」
「はっ、はっ、はっ…」
「こぉ〜の、じゃじゃ馬がっ…」
人を暴走馬だと言えないぞ、という叫びが後ろからついてくる。
「悠牙様?おはようござ…」
「おはよっ!ちょっと今、忙しい!」
「あっ、悠牙、さ、ま…?」
びゅんと駆け巡る王宮の廊下を、悠牙もまた疾走しているのだろう。
作業に勤しむ民たちが、びっくりしたようにこちらを見ては、慌てて壁際に避けている。
「こぉら、彩貴!止まれっ」
「………」
悠牙の叫びを振り切って私はいくつかの廊下の角を曲がり、ついに玉座の間の前へ辿り着いた。
「っぁ…」
扉はすでに、綺麗な別のものに変わっていた。
けれども間取りからは、ここがあの惨劇の間だと分かっている。
「はぁぁっ…ったく、こんのじゃじゃ馬っ!」
やっと追いついた、という悠牙は、そう言葉にするほど私から遅れてはいない。
コツンと私の頭をぶちながらも、私の行動を止める気はないようだった。
「っ…」
キュッと覚悟を決めて、その両開きの扉に手を掛ける。
ぐぐぐ、と力を入れてそれを開けば、そこには広い空間が広がっていた。
「あ…」
これが、あの玉座の間…。
中はすっかり綺麗にされ、華やかで豪華な装飾が一切取り去られていた。
「あ、あ…」
王が、妃が…父が、母が殺された、あの床の血ももう名残はない。
「ごめんなさい…」
私1人だけが生き残った。
「ごめんなさいっ…」
革命軍の手に堕ちて、それでも私は生きていることを喜んだ。
「父上…。母上…」
フラフラと、玉座の間の中央に向かった私は、あの場でくしゃりと膝を折り、その床に蹲った。
「っ…」
ペタリと触れた床は冷たく、流れ落ちたあの血の熱さはもうどこにもない。
あれほど豪奢だったこの間は、装飾こそ必要最低限が残されてはいるけれど、質素で品良くまとめられていた。
「これが、新国王、玉座の間…」
綺麗だ、と思う心が悔しかった。
品がよくて明るくて、無駄が1つもなくて、だからこそ美しい。
「悠牙」
「っ!?…彩貴?」
「悠牙。きさまはきっと、民を幸せにする賢王になる」
認めたくない。
だけど認めざるを得ない。
この床に這いつくばった、私には出来なかったこと。
この床に斃れた、前王がしなかったこと。
「悠牙」
「彩貴…?」
「私はそこには、必要ない」
分かったのだ。
先ほど廊下であちらこちらから投げかけられる挨拶が、きさまを慕っていたことを。
何故に悠牙がああも慕われるリーダーなのか。
「悠牙は正しい」
正しいことを正しいまま行える。
強く、優しく、賢く、まっすぐに。
「もう私はいらない」
前王が残した血はもう邪魔なだけだ。
やっぱりあの時ともに消えるべきだった。
この綺麗な城を汚す1点の存在。
前王の面影に縋って新国王を憎み、前王妃の面影を残すこの顔で民たちの憎しみを忘れさせない。
前王室が遺した負の遺産。そのものの私はもういらない。
せっかくの、綺麗な世界は綺麗なまま、穢れたこの血は消すべきだ。
「汚してすまない。だけどまた綺麗にしてくれ」
そう微笑んで。
私は悠牙の腰元に佩かれた剣を狙い地を蹴った。
「っ…」
あと1歩。
もう僅かで短剣に手が届くはずだったのに。
その瞬間には、何故か掴まれた腕が叩き落とされ、グルンと回った身体が、ドタンッ!と床に倒れていた。
「彩貴」
ズシリと低い悠牙の声だった。
「っ…」
腕を掴み、肩を踏みつけている悠牙が上から私を見下ろしている。
受け身すら取れずに強かに打ちつけた背中に呼吸を詰まらせながら、私は静かにそんな悠牙の顔を見上げた。
「何をしようとした!」
「私は…」
「おまえは今、何を狙った!」
この剣か、と視線を鋭くする悠牙から、私はそっと目を伏せた。
「あぁ…。だが別に、きさまを殺すために剣が欲しかったわけではないぞ」
だから怒る必要は…。
「分かっている!」
「……悠牙?」
「だから悪い!」
「は?」
「余計に悪い!」
「なにを…」
「俺を殺そうとするより悪い!おまえがおまえを殺そうとするのが、何よりも悪い。来いっ」
「は?ちょっ、悠牙っ?!」
だから、この男は一体何なのだ。
何をそんなに怒っている。
「痛い。痛いって…」
「これからもっと痛い思いをする。覚悟しろ」
は…?
だから、何なのだ。
掴まれた腕には跡がつきそうなほどに悠牙の指先が食い込んでいて、引き摺られるように連れて行かれる身体が痛い。
「許さないぞ。許さない」
「何を…」
ズルズル、ズルズルと玉座の間から廊下を引きずられ、とうとう私は居室になると思われる、これまた質素で機能的な様相をした、一室に連れ込まれた。
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