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翌朝、目覚めたら、瞼がとても腫れぼったかった。
「ふっ、せっかくの美貌が台無しだ」
ブッサイク、と言いながら、悠牙が寝台の隣でケタケタと笑っている。
「きさまっ…」
思わずブンッと殴りかかった手は、またもあっさりと悠牙に避けられてしまった。
「おっと…朝からじゃじゃ馬だなぁ。怖い、怖い」
少しも思っていない様子で、両手を上げて言われても、苛立ちが増すだけだ。
「きさま…」
「ぷくくっ、昨日は悠牙、悠牙と呼んでくれていたのに」
「知らぬ」
「ようやく素直で可愛げがでたと思ったのに」
「忘れた!」
「くくっ、まぁそういうことにしておこうか?」
くぅっ…。いつもいつものらりくらりと。
余裕な悠牙が腹立たしい。
「っ…」
別に私だって本当に忘れてしまったわけではないのだ。
だけど今さら…この数日間繰り返してきたルーティンはそう簡単に変えられるものではなくて。
一体どんな顔をすればいいのかも分からない。
「っ〜!死ねっ」
「だから、おまえね」
まぁそれでこそだけどな、と目を細める悠牙は、何が楽しいのか、ずっとご機嫌で笑っていた。
✳︎
「さてと、じゃぁ俺は仕事をしてくるから、彩貴はゆっくり寛いでいろな?」
朝食後、ふらりと部屋を出て行きかけながら、悠牙がソファーに腰掛けた私を振り返った。
「くれぐれも、勝手に1人で宮中を歩き回るなよ?」
「別に迷ったりしないぞ」
何せ元々私の住まいだったのだから。
「いや、そういう話じゃなくてな。あ〜、まぁ、いいか。好きにしろ」
「あぁ」
なんだ?変な男だな。
あぁもしかして、まだ改装とやらが済んでいない部屋を見せたくないという話か?
「今さら」
昨日見たあれでもう十分だ。
わざわざあちこち見て回ったりしないから心配しなくていい。
「それも違うが…まぁいい」
「………?」
他に?何か…。
こてりと首を傾げた私に苦笑して、『手が空くようなら弥景あたりを寄越すか…』とかなんとか、ぶつぶつと呟きながら、悠牙は「行ってくる」と言って部屋を出て行った。
「ふぅ〜っ」
悠牙がいなくなり、1人きりになった室内で、私は大きく身体を伸ばした。
「退屈だな…」
ぼーっと見上げたこの部屋の天井も、豪奢な装飾が取り払われ、質素なのにとても上品なものに変えられている。
「間取りから言ったら、父たちの居室の隣か…」
何故この部屋を居室に選んだのかは知らないが、王宮内の位置としては動線がいいからだろうか。
「ということは、さらに2つ隣があの人の…」
警備の者の部屋を挟んでその隣。私の教育係をしてくれていた、祖父のような同志のようなあの人の、遺した部屋があると思い出した。
「もう憎みきれないことには気づいてる…」
だけど恨みがなくなったかといえばそうではない。
哀しみは残り続けている。
「うん、よし」
スタンッとソファーから立ち上がり、私は出入り口の扉に足を向けた。
「………」
そっと覗き見た廊下には、幸い人の気配がない。
こそりと部屋を抜け出した私は、足早にかの人の部屋へ向かった。
「あぁぁ…」
ノックもなしに入り込んだあの人の部屋の中は、元の面影を色濃く残していた。
「机…」
床や壁紙、窓や窓ガラスこそまったく違うものに取り替えられていたけれど、そこここに残る遺品、調度品の数が他の部屋とは比べ物にならなかった。
「何故…」
この部屋は惨劇の場にはならなかったのだろうか。
遺された机や家具に血の名残はない。
「あの人の最期は…」
立派だったと悠牙は言った。
「どこで…?」
あの人が、自らの生を閉じた場所は、ここではなかったのか。
そっと足を踏み入れた室内で、私はかつての想い出が残るあの人の机に触れた。
「何か遺品の1つでも…」
持ち帰れるものはないだろうか。
父の…王の横暴を、止められなかった責任は、貴方1人のものではなかったのに。
「せんせい…」
するりと撫でた机の表面は、かつてと変わらぬまま、綺麗に拭かれ、整えられていた。
「あぁぁぁ…」
そのままスーッと滑らせていった手で引き出しを開ける。
そこには、執務の書類が詰まり、その間に師がいつも手にしていたメモ帳と、師が1番好んで使っていた万年筆がぽつりと入れられていた。
「どうして遺した…?」
これは悠牙の指示なのか、単に見落とされた忘れ物なのか。
執務関係の書類は、今後役立つこともあるだろうから残すのは分かるけれど。
何せ前王室の政治記録は、この人が全て把握していた。
「だけど、こんなメモ帳は…」
そっと取り出したそれは、あの人が自由気ままに思ったことや考えたことをただ書き留めただけの備忘録。他人にとっては何の価値もないものだ。
「秘密のメモでもあるかと思われたのか…?」
だけど私は知っている。
このメモ帳はただの雑記帳だ。
「貰ってもいいだろうか」
私が。貴方の命を失わせるしか出来なかった私が、想い出(これ)を持たせてもらっても。
「せんせい…」
パラリと開いたメモ帳の1枚目には、優しさと、厳しさを兼ね備えたあの人の綺麗な字が、かつてのまま遺されていた。
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