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「さてと。そろそろ許してやるか」
頑張ったな、と微笑んで、ポンッと頭に触れてきた悠牙の手に、一気に力が抜けた。
「おっと…」
「っ、っ、ぅ…」
ガクンと座り込みそうになった身体を、悠牙がすんでのところで抱き止めてくれた。
「大丈夫か?」
「っ、大丈夫であるものか!」
こんな手酷い屈辱を強いておきながら。
「ふははっ、まぁ王子様にはキツかったよなぁ」
「私はっ、もう王子ではないっ…」
だからきさまなどにこんな仕置きを受けている。
「そうだな。次期王妃だ」
「きさま…っ」
まだ言っているのか、その話。
だから私は男だと…っ。
証拠は今見ていたくせに、と思ったところで、直前までどんな目に遭わされていたのかを思い出し、羞恥に頬が熱くなった。
「ふっ、分かった、分かった。服を着ような」
ヨシヨシ、と慰めるように頭を撫でられ、脱ぎ捨てた服をいそいそと着せられ始める。
けれど、そもそもこんな目にあわせたのはきさまだ。
「自分で着られる!」
寄越せっ、と悠牙から服を引ったくり、私は素早くそれを身につけていった。
「では、こちらに置いておきますので。失礼します」
「あ〜?あぁ、ありがとさん」
この状況で黙々と昼食の支度をしていたのか。
随分と図太いらしい弥景がテーブルの上を整え終えたらしく、綺麗な一礼を置いて部屋を出て行った。
「何なのだ!何なのだっ…」
急に気が抜けてしまい、涙が勝手にボロボロと溢れた。
「うんうん。辛かったな〜」
「きさまがっ、きさまがっ…」
「あぁ、俺が泣かせたな〜」
「きさまがっ…」
うぇぇぇっと幼な子のように泣きながら、私は悠牙の胸を叩いた。
「分かった。分かったから。ほら、飯にしよう」
「きさまはっ…」
どこまで呑気だ。
どこまで飄々とすれば気が済む。
「おっ、今日は握り飯だぞ」
腹が立つ。腹が立つのに、美味そうだ、と笑う悠牙に救われる。
あっけらかんとしている悠牙にホッとする。
だからそれがまた尚悔しい。
「握り飯とはなんだ」
チラリと見たテーブルの上には、何故か米が炊かれて丸く固めたものが乗っていて。
「はぁっ?おまっ…握り飯知らないの?」
「………」
知らないというのはなんだか癪で、だけど知っていると嘘をついたところで知らないものは知らなくて、ぐっと押し黙った私の頭を、悠牙がポンと撫でて笑った。
「まぁ王宮暮らしの王子様だもんな」
これは庶民のご馳走よ?と笑う悠牙を、私はキッと睨みつけた。
「っ、だから私はもう王子では…んぐ」
「ほら、こうやって、手で掴んで食べるんだ」
「っ!」
だからといきなり押し込むな!
窒息するかと思うだろう?
開いた口に突っ込まれた握り飯とやらを、とりあえずひと口咀嚼してみたら、想像よりもずっと美味しかった。
「どうだ?」
自分も別の1つにパクリと食いつきながら、悠牙が窺ってくる。
「ふんっ。手掴みで食べるなど野蛮な……っ?」
「彩貴?」
「っ!なんだこれはっ!?中に何か…」
ツンとする、刺激がある何かに舌が触れた。
「酸っぱい…毒かっ?!」
まずい…と思ったのは一瞬で、すぐに吐き出し、握り飯とやらは投げ捨てようとする。
「うわぁ、待て待て待て、それは具だ!酸っぱいってことは梅干しだろう?」
「具…?」
米の中に何かを仕込むのが握り飯だというのか?
「あ〜してみろ、あ〜」
「あ」
言われるまま口を開ければ、悠牙が納得したように目を細める。
「ほら、やっぱり梅干しだ。ちゃんと食べ物だから安心しろ」
「梅、干し?」
梅の実を干したものだということか?
ガリッと噛んだら口の中がとても酸っぱくなった。
「くっ…」
これは何かの罰ゲームなのか。
だけど唾液がじゅわっと溢れる酸っぱさがなんだか癖になる。
「美味いだろ」
得意げに鼻を鳴らす悠牙を肯定するのが癪で、私はツンとそっぽを向いた。
「ふんっ、食べられなくはないな」
本当は美味しいけれど。
「そうか。おっ、俺のは高菜だ」
ほら、と見せられたのは、何やら色の悪い緑色の何かが入った握り飯で。
「草…」
「コラコラコラ、草じゃないよ、草じゃ。れっきとした作物!ピリ辛で美味いんだぞ」
おまえ、次はこれ!と言って渡された2個目の握り飯は、悠牙と同じ高菜とやらが入ったものらしかった。
「きさまは博識なんだな…」
ぽつりと感じた思いが、そのまま口から零れていた。
「ん〜?」
「私は、知らなかった」
この握り飯1つを。梅の実や草のようなものが食べられることを。
「それはなぁ…」
「私は、知らぬ」
民たちが何を食べ、どんな生活をし、どんな世界を見ていたのか。
悠牙が普通に知っている、民たちみんなが普通に知っていることを、私1人がきっと知らない。
「だけどおまえは…」
「あぁ。きさまや民たちが知らない料理や菓子なら知っているだろうな」
「だろ?」
だからお互い様じゃないか?と軽く言い放つ悠牙だけれど。
「恥ずべきことだ」
「彩貴…」
「恥ずべきことだよ」
なぁ、悠牙。
私はもう王子ではない。
だけどたとえ王子だったとしても。
それを知らぬことは恥ずべきことだ。
それを知らぬことは許されぬことだ。
「恨みが向くのは当然だな」
何も知らずにぬくぬくと生きてきた。
頭では民の苦しみを理解したつもりでいた。
けれど実情は何も知らなかった。
握り飯1つ、民の生活、食べ物、1つ。
私は知らなかった。
なぁ悠牙?
高菜とやらの握り飯をパクリと食べて、私はへにゃりと下手くそな笑みを悠牙に向けた。
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