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「っつぅ…痛っ」
「まぁこれだけ痣になっていればな…」
「ひぅっ、痛い!もっと優しく丁寧にやれっ」
「無茶言うなって。これでも細心の注意を払ってやっているんだ。少しくらい我慢しろ」
「痛っつぅ…」
ぬるりと塗られた塗り薬が沁み、ペタリと貼られた貼り薬が冷たい。
王宮に戻り、部屋に着くや否や、すぐさま服を剥がれた私は、悠牙に手当てを受けていた。
「はぁっ。それにしてもあいつらっ、無茶しやがって…」
「痛っ…。でもこれは、仕方がない」
「そんなわけがあるか。あんな私刑(リンチ)みたいな真似」
「私刑か…」
「そうだろう?寄ってたかっておまえにこんな怪我を負わせて」
ここもか、と言いながら、ベタッと貼られた薬が沁みた。
「つ、ぅぅ…それでも、みなに処罰や咎めを与えるなよ?」
「なんでだ。おまえを傷つけた」
「きさまが庇ったじゃないか」
「は…?」
「きさまが庇った。それだけでいい」
「彩貴?」
そう。憎しみを、奪われる辛さを私は知っている。
憎くて。憎しみを向ける先がそこにしかなくて。
だけどその矛先を憎ませてもらえなくなる辛さはよくわかる。
悠牙が私を庇うから。ご大層な演説をかますから。
みなは憎しみの行き場を失くしてしまった。
「きさまはいつも正しい」
「彩貴…?」
「正しくて、残酷だ」
曇った目の者には厳しく、自らの目は決して曇らない。
正しいことを正しいと高らかに言う悠牙は清く強く、そして残酷だ。
ふっ、と吐き出した小さな笑いは、自嘲混じりの色をしていた。
「彩貴?」
「きさまでなければよかったなぁ…」
「なにが?」
「だけどきさまだったからよかったな…」
ふふっ、と笑った私はそっと、悠牙の腰元に手を伸ばし、そこに帯刀された短剣を抜き取った。
「おい、コラ」
「なぁ、教えろ」
「彩貴?」
「きさまの両親のこと」
「は?」
「やはり王族に…前王室に殺されたのか?」
それにしてはこの男の目には、憎しみも恨みもなかったな。
「聞かせろ」
ずいっと悠牙の喉元に掠め盗った短剣の先を向け、脅すようにねだった。
「ふっ、話を聞きたいという態度じゃないだろ、これ」
じゃじゃ馬が、と笑う悠牙が、剣先に僅かも怯まずに、遠いどこかを見る目をした。
「父は…知らない」
「はっ?」
「聞いた話によると、どこぞの傭兵崩れの旅人だったとか」
「旅人…」
そういう者も民の中にはいるのか…。
「あぁ。んで、母は、踊り子だった」
「踊り子?」
「芸人一座の踊り手だ。華やかで綺麗な人だった…と思う」
「………?」
「残念ながらあまり記憶にはないんだ。ただ、旅の途中の父という男に孕まされ俺が生まれた、と聞いている」
「そう、か…」
その記憶が薄いというのは…。
「俺が7つか8つの頃に、王宮の大臣に見初められたらしくてな」
「大臣に?」
「大金持ちの貴族様さ。どうしても母を、と乞われて、母は王宮に上がることを決めた」
「それで…」
「あぁ。俺たちも、王宮に行けば、一座にいるよりずっと裕福な暮らしが出来るだろうと。大臣にも愛され、幸せになれるのだと。そう思っていた。そんな俺たちは、本当に何も知らなかったんだな」
っ、まさか、その大臣は…。
「そう、俺の母は、金と権力(ちから)にものを言わせ召し上げられただけだったんだ。一座に金が入り、母は王宮へ。それが幸せな結末だなんて、なんで思っていたんだろうな」
「っ…」
「結局は、母は一座から金で買われていったというだけのことだった」
まさか、そんなことまで、あの王室は…。
「華やかで美しい母を手に入れたその大臣は、我が物にした美しい踊り子を、好き放題に慰み者にした」
「そんなっ…」
「くくくっ、散々弄ばれ、陵辱の限りを尽くされ、飽きたらポイだ」
「っ!」
「身も心もボロボロに壊された母は、それからすぐに身罷ったと聞いた」
聞いた…?
では悠牙は…。
「王宮から、母は病死した、とだけ連絡が来たんだ。遺体にも会えずじまいだった」
「それは…」
「俺でなくても変だと思うだろう?何故死んだのか。本当に病死なのか。どうして遺体にすら対面させてもらえないのか。…何を、隠しているのか」
「っ…」
だから、だから悠牙は。
「調べたさ。そして知った」
「っ…」
「なぁ彩貴。おかしいよなぁ?」
「悠牙…」
「この世界はおかしい。この国は狂ってる」
「っ、ん…」
「ふふっ、おかしいだろう?必死で働く民が貧しいんだ」
「悠牙…」
「腕のある職人が、芸人が、医師が、薬師が、民のためではなく、王宮の、王族、貴族のためだけに召されて働かされ、不要となったら捨てられていくんだ」
「っ、っ…」
「王宮には、穀も富も溢れるほどにあるのに、平民たちの間には足りなくて、人がどんどん死んでいくんだ」
悠牙っ…。
「平民たちの暮らしを見、知り、王宮の暮らしぶりを知り、ただ、おかしいと思った」
「悠牙…」
「おかしいから、直そうと声を上げた」
「っ、きさまは…」
「おかしいから。だから、討った」
ただそれだけだ。
悠牙がしたのは、ただ間違いだと思ったものを、正しいと思うものに変えようとしただけ。
母の死への恨みではない。元王族への憎しみでもない。
ただ正しいものを、正しいと言っただけ。
だから悠牙の目には憎しみがなかった。
「きさまは…っ」
だから私を生かしてくれたのか?
「ならば何故っ…」
正しさを、主張しようとしていた者もいた王宮の、みんなを殺してしまったんだ。
「きさまは…」
間違えない。
間違えないはずなのに。
ツゥーッと擦り傷を負わせた悠牙の喉元が、クッと動いて、くっくっくっと笑い声が上がった。
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