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「悠牙?」
なんだ?どうした。
気でも触れたか?
「じゃじゃ馬が」
だから国王の暗殺を企てたら仕置きだぞ、と笑う悠牙が、喉元に突きつけられた剣を掴んだ。
「ばっ…」
この短剣は抜き身だぞっ…。
焦って引こうとした剣だけれど、そんなことをすればますます悠牙の手のひらに傷をつけることになる。
「離せっ…」
すでにポタポタと剣を伝う血に気付いて、私は戸惑い目を彷徨わせた。
「くすっ…。服を着て、ついて来い」
トンッ、と剣の柄を打ち私の手から離させた悠牙が、ぼとりとその剣を捨てて立ち上がる。
「はっ?あ、おいっ。きさまの手当ては…」
「舐めときゃ治る」
いや、切り傷だぞ?
しかも抜き身の剣を素手で握ったかなり深いはずの…。
「だぁ〜いじょうぶだって」
にかりと笑って、ビッ!と服の裾をおもむろに裂いた悠牙が、それを無造作にぐるぐると手のひらに巻く。
「っ、きさまは…」
「ほら、これでいいだろう?行くぞ」
「はっ?おいっ、だから…」
待て、の声は聞き入れられず、ズンズンと部屋の扉に向かって歩いていく悠牙の背を、私は慌てて服を纏い直しながら追った。
そうしてズカズカと廊下を進んでいった悠牙が、1つの扉の前で足を止めた。
「ここだ」
「ここ…?は、かつて文官たちが仕事をしていた執務室…」
この部屋が何だと言うのだろう。
疑問に悠牙を見上げれば、開けてみろと言わんばかりに顎をしゃくられた。
「っ…」
従うのは癪だけれど、気になるものは仕方がない。
私は示された扉をゆっくりと開け、中を覗き込んだ。
「っ!」
そこには衝撃の光景が広がっていた。
何故…?
衝撃に固まった頭が、たった1つの疑問符だけを浮かべて回る。
こちらの気配に気づいたのか、中にいた者たちの視線が一斉にこちらを向いた。
「っ、王子!」
「王子様!」
ぶわっと上がったのは、歓喜に包まれたいくつもの声で。
「王子様っ、王子様ぁっ」
うわぁぁっ、と中には泣き出す者までいた。
「な、ぜ…?」
ふるり、と震えた唇から血の気が引き、思わず下がった身体が悠牙とぶつかった。
「っ、悠牙様!」
「これは、悠牙様。このようなところまでお越しで」
私の後ろから姿が見えたのだろう。
途端に中にいた者たちが一斉に首を垂れた。
「あぁ、楽にしていていい」
スッと片手を上げた悠牙に、みんながパッと顔を持ち上げる。
その顔は、みんながみんな穏やかで、悠牙に怯えたり、悠牙を憎んだりするような視線は1つもなかった。
「これは、一体、どういうことだ…」
だってここにいる者たちは、かつての王宮にいた者たちばかりだ。
前王に、大臣たちに、貴族に、権力、財力、ときには武力をもって無理矢理に従わされていた、文官や武官、側仕えや使用人として働いていた者たち。
もしも私が立ち上がったのなら、必ずや賛同しますと、そう言ってくれていた者たちばかりだ。
この者たちはあの日、あの惨劇の中、皆殺しにされてしまったのではなかったのか。
「っ、まさか亡霊…?」
いや、だけど、足はある。
透けてもいない。
思わずまじまじと見てしまったら、みながニコニコと笑った。
「生きております。生きて、あの日、秘密裏に逃していただきました」
「っ、だけど、みな殺したと…」
私が最後だと、あのとき悠牙はそう言った。
チラリ、と後ろの悠牙に視線を流せば、ニッと悪戯っ子のような笑顔とぶつかった。
「はっ…?」
まさか、きさま…。
「言ったかもな?粛正するべき者はこれで最後だ、と」
「粛正…?」
では、きさまは…。きさまたちは…。
ふらりと泳いだ視線が、ふと見知った1人の姿を見つけた。
「南雲(なぐも)…」
「王子様。ご無事で…」
ゆるりと目を細め、首を垂れた男に、私は顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「南雲っ、おまえはっ…」
「はい。生きて、おります」
「でもせんせいはっ…」
「師は、申し訳ございませんでした」
「っ…南雲」
「お止めしました。ですが、師は振り返ることなく」
そうだ。この南雲はあの人の1番近くににいた者だった。
1番慕い、1番意に賛同し、1番の部下だった。
「っ…」
「あとは託したと」
「っ〜!」
そうか。
そうか…。
「悠牙、きさまは…」
「王子っ、この、悠牙様が奪ったお命は、どうしても必要とあったものだけでした!富を欲しいままにし、平民たちを傷つけ、私利私欲に走っていた大臣たちと」
「っ…」
「そのおこぼれをもらい、王、大臣、貴族たちに与した者たちばかりです」
だから、本当は生きるべきだった者たちは救けた。貧しさゆえ、無力ゆえ、仕方なく王宮にいるしかなかった者たちは逃し、助けた。
「きさまっ…」
だってあんなに返り血を浴びて、私を最後だと言ったくせに。
「きさまはっ…」
なのに本当は、この者たちをちゃんと生かしていた。
せんせいの、私の意に、声を揃えようとしてくれていた者たちを救けていた。
「なんなのだっ…」
きさまは私に憎めと言った。
「すべてを奪ったと」
確かにそう言った。
なのに。
「ふははっ、そうだな。俺はおまえを謀った。憎め、と確かにそう言った」
「何故…」
「死なれたくなかったからだ」
「っ…」
「俺はおまえに死なれたくなかった。おまえの生きる力になるなら、憎しみで構わないと考えた」
「悠牙っ…」
この男は…。
「だから憎め」
「きさま…」
「憎んでいい」
もう出来ないと分かって…。
「っ〜!」
この男はっ、きちんと…っ。
そんなきさまを。
そんな悠牙を。
「私がどう憎めるというのだっ…」
どう憎めという。
「死なせたんだ、あの男を」
「っ…」
「殺そうとした。おまえを」
「それはっ…」
「約束したんだ。彩貴を見つけたなら、今一度だけそのお姿を真正面から見てくれと」
「っ…」
「もしも実際目にして口ほどにもないやつだったなら殺すと、約束しておまえに会った」
あのとき、きさまとせんせいには…。
「口以上だった」
「きさま…」
「だから憎め」
「きさまっ…」
「憎め(愛せ)」
っ〜〜!
言葉と心と口を一致させなければならないのは誰だ。
私に散々言ったその口で…。
ボロリと零れた涙を散らして、私は悠牙に飛びついた。
飛びついて顔を引き寄せ、その唇にそっと唇を重ねた。
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