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「っ!」
ゴクリとその杯を、ひと口口に含んだ悠牙が、途端にサッと顔色を変えた。
同時にベッと吐き出された酒がべしゃりと床に染みをつける。
「悠牙…?」
「ぐっ…やられたな」
「っ?!」
バシャッと杯ごとその酒を床に落とした悠牙が、引き攣る笑顔を震わせた。
「おいっ!悠牙!」
「悠牙様?」
「悠牙様っ!まさか、毒っ?」
「そんなっ、悠牙様っ!」
途端にドヨッとどよめいた宴席から、人がワラワラと駆け寄ってくる。
「だい、じょうぶ、だ…」
「悠牙様っ!」
「多分…軽い、痺れ薬か何かの…」
ハッ、と息を上げながら、震える指先が何かを掴もうと持ち上がる。
「悠牙っ」
その手を掴もうと伸ばした私の手は、悠牙を取り巻く男たちの1人に振り払われた。
「おまえっ、舌の根も乾かぬうちに!」
「ち、がう…っ」
「おまえの他に、誰に悠牙様を害する意があるというんだ!」
「違う!私ではないっ!」
右から、左から、伸びてくる手が私を捕らえて床に押さえ付けてくる。
「さ、いき…」
「違うっ!私ではっ…」
「そもそも悠牙様に酌をしたのもおまえだっ!」
「そうだっ、おまえの他に悠牙様のお側にいた者などなどいないっ!」
ダンッ!と床にうつ伏せで押さえつけられ、手を背中に捩じ上げられて、私は痛みに顔を歪めた。
「毒はどこだ!どこに隠し持っているっ」
ずるりと引っ張られる服に、乱暴な手が身体中を這い回る。
「私はっ、毒などっ…」
それにジタバタと抵抗しながら、私は必死で身の潔白を叫んだ。
「嘘をつくな!剥げ!」
「そうだ!剥いて探し出せ!」
「っ…」
どうにも聞く耳は持たないらしい。
このままでは埒があかない。
そう思った私は、静かに目を閉じた。
「離せ」
「暴れるなっ」
「違うっ!服くらい、自ら脱いでやる!」
「は…?」
ぎゃぅっと叫べば、途端にみなの騒ぎと手が止まった。
「服を脱いで、この身の潔白を証明してやる」
だから身体中のどこでも好きに調べるがいい。
正々堂々と言い放ってやった私に、みなの手は1つ、また1つと離れていった。
「さ、いき…よせ…」
「大丈夫だ。私は潔白だ」
それを証明するだけだ。
みなに裸を晒すくらい、耐えてみせる。
「みか、げ…止めろ…」
「何故ですか?彩貴様がご自分で嫌疑を晴らすと仰っておりますものを」
「弥景っ…分かって、いる、だろう…?」
ガクガクと、痺れるのだろう。震える声で、悠牙が側近くに控え、その身体を支えた弥景に何か言っている。
「見るがいい。私は毒などどこにも持っていない!」
バサッと服をすべて脱ぎ捨てて、裸で立った私にみなの手が伸びてきた。
「服を調べろ!」
「こっちは両手をあげてもらおうか?」
「ふんっ…」
言われるまま両手を高く上げれば、ジロジロといくつもの不躾な視線に晒された。
「やめ、ろっ、おまえたち…っ」
悠牙が弥景に支えられたまま、必死でこちらへ来ようともがいている。
「弥景っ…たのむ、から」
「まだです。もう少し」
「おまえっ…」
悠牙と弥景が視線の先で何やら揉めている。
だけど私はみなの疑いを晴らすのに必死でそれどころではない。
「ふん、足を開け」
「っ…」
屈辱で、目の前が赤く染まるけど、私は大人しくその言葉に従った。
「弥景っ、もう…っ」
「あと少しです」
あぁ、そういえば以前、悠牙にも同じ疑いをかけられ、同じような調べを受けたな。
何で今、そんなことを思い出すのだろう?
「何もないな。ならば次は後ろを向いてもらおうか?」
「っ…」
あぁそうか。その言葉の次に調べられるその場所は…。
悠牙にされた。
だから記憶が…。
そう思ったところで、私はあのとき毒らしき液体が入った瓶を見つけ、そのとき廊下の先に消えた人影のことまで思い出した。
「あっ…」
そういえばあのときの人影を、私は直感的に子供だと思った。
揺れた小さな人影だ。
そして先程私に渡された酒瓶を持っていた手も、よくよく思い出してみれば随分と小さく、12か3くらいの少年のものだったような気する。
「尻を開け」
「っ…」
あのときの毒瓶!あの給仕の者!
思考が繋がって、その者を見つけようと視線を周囲に流したとき、目眩がするような命令が吐き落とされた。
「何をしている?尻を開いて中を見せろ」
「っ!」
この場で行うにはあまりに手酷い詮議の言葉に、さすがに私も躊躇った。
「出来ないのか?そこに、隠し持っているから」
「っ、違う…」
何もない。
何もないけれど、さすがにこれだけの人の目の中、そんな場所を晒すのは…。
ぐ、と声に詰まった私をみなが、責め抜くように見つめてくる。
「出来ないのなら、悠牙様に毒を盛ったこと、認めたとみなす」
隠した毒は後でほじくり出してやろう、と言う男に、私は固く唇を噛み締めた。
やるしかない…。
そうしなければこの者たちは信じない。
私は震える手を後ろに回し、両手で尻たぶをキュッと掴んだ。
悠牙っ…。
助けてくれとは言えなかった。
そもそもみなに信用がないのも、信じなくていいと言い放ったのも、すべて私だ。
「見るがいい。私は、潔白だ」
ぎゅっと唇を噛み、震える手を必死で落ち着かせ、尻を割り開いていこうと力を込めた瞬間。
「っ…」
目の端に、にんまりと満足そうな笑みを浮かべた少年の顔が見えた。
「弥景!」
「えぇ。…みんな、そこまでだ」
パッと悠牙の側から駆け出てきた弥景が、私にバサッと上着を掛けに来て、そのまま悠牙の方へと突き飛ばして行った。
「っなっ…うわぁっ!」
押された勢いのまま、悠牙の胸に突っ込んでいく身体が止められない。
「あいつっ、乱暴にもほどがあるっ」
「ぐぇっ…ゆ、うが…」
文句を言いながらも私をしっかりと抱き止めてくれた悠牙が、掛けられた上着でぐるりと私の身体を包んでくれた。
「おまえも。無茶しすぎ」
馬鹿、とぶたれる頭に、今頃ガタガタと震えがきた。
「き、さま…毒は?」
「うん。もう切れてきた」
「はっ…?」
何を言っているんだ?
「多分、相当軽い痺れ薬だ」
「は…」
「おまえ、以前に俺に見つかっただろう?怪しい小瓶」
「あ、あぁ」
「あれの中身を俺が調べなかったと思うか?」
「っ、じゃぁまさか…」
そういえばあの小瓶は、悠牙に取り上げられたまま、どこにやられたか知らなかった。
「同じものだろう。そして、あれを用意したのがおまえじゃないことくらいも、とっくに分かっている」
「なっ…」
では何故今の今まで黙っていた。
「だけど、では誰が、ということまでは探ることが出来なくてな。だが、まさか、あいつか」
ふっ、と笑う悠牙が見る先には、弥景が1人の少年をこっそり確保し、みなの視界の外で部屋から連れ出して行く姿がある。
「き、さま…」
まさかこれを幸いと、私を犯人炙り出しの贄にしたのか?
「悠牙様っ!」
「悠牙様っ?」
「弥景様は一体何を…」
「悠牙様、そいつは…」
突然のことに戸惑うみなが押し寄せ、私は燃え上がる腹立たしさを抑え込みながら、ギリッと悠牙を睨みつけた。
「きさまっ!」
思わず殴り掛かろうとした手は悠牙に軽く避けられてしまい、逆にその手をパシッと掴まれた。
「悠牙様っ?」
「おまえっ、悠牙様になんてことを…」
みなが私の行動に文句を向け、悠牙の心配だけをするのがまた腹立たしい。
「だってこの男がっ…」
「そうそう、俺のおふざけがちょっと過ぎたな。みんなごめん」
悪い、と片手を上げてひょいと肩を竦め、パチリとウインクをしている悠牙はなんなのか。
「はっ?悠牙様?」
「悠牙様、一体何を…」
「う〜ん?まぁ、毒?っていうか、痺れ薬?実は俺が自分で飲んだんだ」
「はいっ?」
いやいやいやいや、この男。
いうに事を欠いて何を言い出す。
みんなもポカンと固まってしまっているではないか。
「何のために…」
「それは、だってな、こいつが、俺の妃だ、王妃と扱え、認めてくれ、ってみんなに言っているのになぁ」
「悠牙様?」
「認めなくていい!好きに憎んでいい、なんて、あまり俺と違うこと言うから、拗ねてな」
「は?」
馬鹿か?馬鹿なのか?この男は…。
「彩貴にちょっと意地悪をしてやりたくなっただけだ。ごめんな。だから、俺は何ともないし大丈夫だ。もちろん彩貴は俺に毒なんて盛っていない」
だからもう勘弁して、と笑う悠牙に、みんなが呆れたように脱力していった。
「悠牙様っ、おふざけが過ぎます!」
「ごめんな?」
「はぁぁぁっ、本当にもう、びっくりした…」
やめてください!と怒るみんなの言いぶんは最もだと思うが…。
「悪かった。でも、おまえらもだぞ?」
「っ…」
「うっ…」
「それは…」
途端に分が悪そうにしどろもどろになり、目を逸らしていくみんなが気まずそうに私をチラチラと見た。
「………?」
なんだ?
「ふっ、謝れよ?俺の妃に」
「っ、悠牙様…」
ご勘弁下さい、と情け無い顔をするみんなの様子で、ようやく意味が分かった。
「っ、悠牙、私は別に…」
あの状況で、この者たちの思いを知っていれば、私が犯人だと導き出すのはごく自然な成り行きだ。
それを責める気は私にはない。
「駄目だ」
「悠牙?」
「こいつらは、無実のおまえを疑ったんだ。疑って、あろうことか手酷い取り調べまでした」
「それは…」
そうだけど。
「謝罪して然るべきだろう?こいつらがしたことは誤りなんだから」
「………」
ははっ、やっぱりこの男は、いつも正しい。
正しいことを正しいと清々言う。
「ほら、おまえたち」
ぐにゃりと屈辱に歪むみんなの顔と、その思いはよく分かった。
「謝れ、俺の彩貴に」
そうだよな。憎い私に謝罪するなど、辛酸をなめるような屈辱だよな。
「いらぬ。いらぬよ」
私でなかったと分かってくれればもういい。
悠牙から私に謝罪を強要されるだけで十分辛いだろう?
ふっ、と笑ってやった私に、みなが次々と床に膝をつき始めた。
「え…?」
「申し訳ありませんでした、彩貴様」
「申し訳ありません、彩貴様」
っ…。
「酷いことをしてすみませんでしたっ」
「疑ってごめんなさい」
えっ?えっ…?
次々と上がる謝罪の声に、私は戸惑い悠牙を見上げた。
「ぷくくっ、こいつは、すごいだろう?」
「はっ…」
「こいつのすごさが分かったか」
どうだ、と胸を張る悠牙の意味が分からない。
だけどみんなは尊敬したように、悠牙に頷き首を垂れていく。
「こいつは、少しでも、みんなの前で、元王族だということを笠に着たか?」
「いいえ」
「少しでも元王族だということを感じさせたか?」
「いいえっ」
「みなの前で裸になるなど、そうそう出来るものか?」
「いいえ…」
「あんな屈辱的な詮議に、みなが言うまま大人しく従えるか?」
「いいえっ…」
ぎゅっと握り締めた悠牙の胸元に、私は思わず顔を埋めていた。
だってこんなもの、泣く…っ。
「くすっ。こいつは出来る」
「はいっ…」
「何故ならこいつは、みんなを対等な人間だと思っているからだ」
「っ、はいっ…」
「みんなと、人と、人として、きちんと向き合っているからだ」
「っ、はい…」
「どうだ。これが俺の妃だ」
へへんっ、と得意げに自慢げに、悠牙が笑うから、もう堪らない。
予感通りぶわっと溢れた涙が悠牙の胸元を濡らしていく。
「彩貴、様…。我々は、あなた様と悠牙様に、ついて参ります」
「俺も」
「俺も」
っ、く…。
もういい。
もう言うな。
「ぷくくくっ、ほら、彩貴」
「っ、ふ…きさま」
よくも。
よくも…。
「悪いな。だけど俺は、こいつらにはきちんとおまえを担いで欲しかった」
「きさまっ…」
「おまえを守るために、どうしても必要だから」
じゃじゃ馬の手綱を握ってごめんな、と言う悠牙だけど、その思いは悔しいけど嬉しいから。
「今晩だけは折れてやる…」
「ぷ、くくっ、おまえ、そこは、ありがとう、だろう?」
「誰が」
言うか。
「ふっ、ほんっと、じゃじゃ馬」
そこがいい、と笑った悠牙が、もう何度目か分からない口付けを落としてきた。
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