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そうして、後は好きに楽しめと、宴会場を先に辞してきた私たちは、居室に戻ってきていた。
そこには何故か弥景が待っていて、入り口付近の床に、後ろ手に縄で拘束された少年が跪かされていた。
「おかえりなさいませ」
「あぁ、こいつかぁ」
忘れていたな、と笑いながら、悠牙がゆったりとその少年の横を通り抜け、室内中央のソファーに腰を下ろす。
「彩貴、来い」
「………」
命令するな、と思いながらも悠牙の隣に向かった私は、その途中でチラリと少年に目を向けた。
「っ…」
途端に燃えるような憎しみの視線とかち合う。
あぁ、この者も私を憎む国民のうちの1人なのだな、と、漠然と思った。
「それで?桧央(ひお)」
「ひお?」
この子はそういう名前なのか。
どうやら悠牙とは顔見知りらしい。
桧央と呼ばれた少年は、ジロリ、と悠牙に睨みつけられて、ビクッと肩を揺らした。
「これはどういう了見だ?」
いつかの小瓶を顔の高さで揺らしながら、悠牙が桧央に鋭く問いを放つ。
「先の宴も」
「っ…ゆうが」
きつく問われて、桧央の目に涙が溜まったのが見えた。
「『様』だ、無礼者」
途端にガッと後ろから弥景の手が桧央の頭を押さえつける。
「っ、だって…」
「悠牙様は、国王陛下になられたのだぞ?それを呼び捨て、さらにあろうことか痺れ薬を盛るなど」
何を考えている、と冷たく言う弥景の声に、桧央の目からボロボロと涙が零れた。
「だ、って、ゆうががそんなやつを娶るからっ…」
「そんなやつ?」
「元っ、王族の、王子なんかっ…」
「桧央…」
はぁっ、と呆れた溜息を漏らす弥景に、悠牙は口の端を持ち上げて目を細めて桧央を見ている。
「おっ、おれだって、ゆうがを慕ってる!なのにっ、なのにゆうがは、そんな、元王族の男なんてっ…」
「なるほど?」
「だっ、だからっ、そんなやつっ、ゆうがに嫌われちゃえばいいって…。ほんとうは死んでたはずのやつなのにっ、いつまでもゆうがの側にいて、妃になんかなるからっ、だからっ…」
ふ〜ん、と冷たく目を細めた悠牙が、ゆるりと足を組んだ。
「だから、彩貴を嵌めようと俺に薬を盛り?前には彩貴自身を害そうとした?それともこの小瓶も、わざと彩貴に拾わせて、俺に見つかり処刑させようとでも企んだか」
「っ、だって!死んで当たり前…ッ」
スラリ、と突然悠牙が長剣を抜いた。
ビクッと言葉を止めた桧央の目が、みるみるうちに絶望の色を浮かべていく。
「では、俺に実際に薬を盛り、彩貴を嵌めようとしたおまえの命もいらないな?」
ヒッ、と小さな悲鳴が聞こえ、剣先を向けられた桧央の身体がガタガタと震え始めた。
「おまえが薬を盛った相手は国王で、嵌めようとした相手は王妃だ」
「ゆ、うが…やだ、ゆうが…」
顔を真っ青にして、ブルブルと震える桧央に、悠牙はさらにズイッと剣先を突きつけた。
「処刑されて当然なんだろ?」
ピタリ、と桧央の喉元を狙った悠牙の剣の先に、私はハァーッと深い溜息を漏らした。
「彩貴」
「下ろせ」
スタスタと悠牙の剣の先へ向かい、その僅か数ミリ先、桧央との間にピタリと立つ。
「邪魔だ」
「フッ、まぁ邪魔をしているからな」
皮肉を込めて薄笑いを漏らしてやれば、悠牙の眉がぐにゃりと寄った。
「彩貴」
そんな風に睨まれても、殺気の1つも纏っていないきさまなど怖くもなんともないわ。
ただ後ろでは可哀想に、桧央が足元の床にジワジワと水溜りを広げていっている。
「退け、彩貴」
「きさまが剣を引いたらな」
にやりと口の端を吊り上げてやれば、悠牙の顔が仕方なさそうにへにゃりと崩れた。
「はぁっ…なんで庇うんだ」
「まだ子供だろう?」
「だからと何をしてもいいというわけではない」
「そうだけどな」
「おまえにあんな屈辱を強いた」
「それなら、もう構わない」
だって見てみろ。屈辱というのならもうすでに。
幼いとは言ってももう12、3だ。人前で失禁は十分恥ずかしく屈辱だろう。
「国王に薬だぞ」
「だからと、命をとるほどのことか。ただの痺れ薬のくせに」
「はぁぁぁっ、おまえな…」
このじゃじゃ馬!という悠牙の声が聞こえてくるような気がした。
だけど悠牙の剣先はスッと静かに下ろされる。
「ふっ、そうと知っていて私を選んだんだろう?」
諦めろ、と笑いながら、私は桧央の後ろに回った。
「憎まれているのは分かっているのだ。我々王族がかつてみなに強いてきた屈辱や苦しみは簡単に消えるものではないし、消せるものでもない」
「あ、んた…」
「ましてや桧央は、悠牙のことが好きなのだろう?それをこんな憎むべき元王族に、横から取られたようなものなのだ。それは気に入らないよな」
「彩貴!」
こら、と悠牙が叫ぶけれど、私は無視してスルスルと桧央の縄を解いていった。
「さぁ、自由だぞ」
ぱさりと落とした縄の音を聞き、私はぐるりと回って桧央の前に戻った。
「っ、おまえっ…」
途端にキッとこちらを睨み上げ、憎しみも露わに立ち上がった桧央の顔が見える。
「おれはっ、あんたに同情されたり庇われたりなんか…」
そこまで言った桧央の頬を、私は予備動作なしにパンッと鋭く打った。
「ッ!」
「彩貴っ?!」
驚いたように目を丸くして、ぶたれた頬を押さえた桧央の小さな悲鳴と、驚きに跳ね上がった悠牙の叫びが重なった。
「フッ…。私を恨むのも憎むのも構わない。私が屈辱を受ける分には、甘んじて受け止めよう。だが」
「彩貴…?」
「それで悠牙を害する意は正当か?」
「ッ、ッ…」
「痺れ薬程度なら大丈夫だと?それで万が一があったらどうする」
「そんなことは…ッ」
「好いた相手を傷つけて、傷つくのはそなただ」
「ッ…」
「嫉妬や憎しみに目を曇らせて、正しきを見誤るな」
静かに告げて、私は桧央に背を向ける。
そのままゆっくりと悠牙の元へ歩き出した。
「ッ、ふ…うっ…おれは…おれはっ…」
後ろで桧央が崩れ落ちる音と、泣き声が上がったけれど振り返らない。
「彩貴…。ふっ、弥景」
「はい」
「そいつは一晩牢に入れろ」
「っ、ゆうが…」
「一晩みっちり仕置きされ、頭を冷やせ」
ぽすんっ、とたどり着いた悠牙の胸元に顔を埋めれば、頭上で偉そうに命じる悠牙の声が聞こえた。
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