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ちゃぷん、と揺れる湯の中で、気怠い身体を揺蕩わせた。
けれども湯を揺らす波紋がもう1つ、私の立てたものとは別に広がる。
「っ〜〜!だからっ、きさまっ…何で共に入ってくるんだっ…」
「え〜?だって俺たちお互い伴侶だろ?だったら一緒に湯浴みくらい、いいじゃないか」
「鬱陶しい。私はのんびり1人で浸かりたい」
なにせこの悠牙、人の後ろに陣取って、私を足の間に抱えるようにして湯に浸かっているのだ。
「いやぁ、だって彩貴、疲れているだろ?うっかり沈んで溺れたら大変だから」
「っ〜!誰のせいだっ!」
きさまが2度も私を達させるから。
「あ、俺?」
「そうだきさまだ!」
その癖に飄々と。
本当にこの男は分からぬ。そして腹立たしい。
「毒にでも何でも倒れてしまえばよかった」
バシャンと湯を叩いて憎まれ口を聞いてやれば、背後からフッと吐息をかけられた。
「またそういう物騒なことを言う。だから、国王暗殺は重罪だって」
「ふん。殺しても死なないくせに」
だけど宴では、一瞬本当に死んでしまうのかと思った。
死ね、殺す、と叫んではいても、実際この男が死ぬと思ったら真っ先に浮かんだのは恐怖だった。
「本当に腹立たしい」
「おまえね…」
「だからっ…毒見役を置けと言ったのだ」
あんなことが2度あるとは思わない。
だけど用心に越したことはないはずなのだ。
ぎゅぅ、と湯の中で拳を握り締めたら、悠牙の手が後ろから伸びてきて、優しくそれを包み込んだ。
「不要だよ」
「だけどっ、実際に薬を盛られた!」
「でも死ななかっただろ?」
「そんなものっ…」
ただ悪運が強かっただけだ。
いくら悠牙が周囲のすべてを信じていても、裏切りなんて簡単に起こる。
人は人を憎んだり、攻撃したりすることで、少なからず安堵や安心、そして思いたくはないが、快楽を得られるものなのだ。
前王族や私を憎む民たちしかり、悠牙を憎んだ私もしかり。桧央も私を憎んで悠牙を攻撃し、それを快感と捉えていた。あのときにんまりと笑っていたのはその証だ。
「人は、人を攻撃することで、自分の心を安心させ、そのことに快感を得る」
それは憂さ晴らしでしかないけれど、その心地よさを、その感情を知らないのは悠牙だけだ。
「きさまだけが、決して自分のためだけに人を攻撃しない、いつも正しい。だけどその正しさを、持てる人間は他にそうそういない」
だから分からぬ。
だから迂闊に信じる。
人は弱いのだ。
人はみんなどこかしらに弱さを持った生き物なのにだ。
「でも、必要ないよ…」
「ならば私が!」
私ならば、幼い頃から毒物への耐性をつけられてきている。
少々の毒では斃れることはないし、味や匂いのするものならば口にする前にそれと察する訓練も受けている。
「彩貴」
「っ…」
「それは許さない」
「な、ぜ…」
きっと私は適任だ。
「それで万が一があってみろ。俺は、その犯人を許さないぞ」
「ゆ、うが…?」
「俺に憎しみの剣を振るわせるか?」
「き、さまは、間違えない…。たかが私が毒見にたおれたくらいで…」
そこまで言ったところで悠牙の手にビシャッと風呂の湯をぶっ掛けられた。
「っ、ふ…何をする!」
「おまえこそ何を言う。おまえが斃れることが俺にとって『たかが』だと?」
「っ…」
「本気でそう思っているのか」
湯の中でぐるんと身体を回されて、悠牙と真正面で向き合わされて、私はぐっ、と言葉に詰まった。
「彩貴」
「っ、っ…」
ジッと見つめてくる悠牙の視線の力が強すぎて身動き1つ取れないのが悔しい。
「彩貴?」
分からないか?と見つめられる瞳の中に、私を心から愛おしく大切だと思う光を読み取ってしまったから駄目だった。
「っ…」
そんな真っ直ぐな想いには、戸惑うしかできないのだ。
分かる、けど分かりたくなくて。
嬉しい、のに、それに溺れていく自分に畏れている。
「彩貴」
「っ!」
私の戸惑いを見通してか、不意にふわりと笑った悠牙に全身の力が抜けた。
「ふふふ、おまえはほ〜んと、自罰意識が強すぎる」
「何を…」
「怖いか?」
愛されることが。
「っ…」
「恐ろしいか?」
その愛を受け止めてしまうことが。
「っ…」
「慣れないか?」
ずぶずぶに甘やかされて、その愛の海に溺れさせられることに。
「だったら、見てろ」
「悠牙…」
「そうだ、俺の目だけを向いていろ」
「っ、っ…」
ぐっと取られた両頬を、真っ直ぐ悠牙に向けられて、私はその目をふにゃりと歪ませた。
「いいか、彩貴。2度と言うな。おまえが奪おうとしていい命は俺のものだけだと言った」
「ゆ、うが…」
「おまえの命を軽んじるような発言は2度とするな」
「っ…」
「彩貴の命を疎かにするような発言は、今後絶対にしてはいけない。いいな?もしもこの言いつけを破れば、おまえがもう嫌だと言うまで、徹底的に懲らしめて、心底後悔させてやる」
分かったな?と強く言われ、私はコクリと頷く他なかった。
「彩貴。俺はおまえを、愛してる」
「っ…」
重ねられた唇は優しく熱く、頬を濡らす雫は風呂の湯のものだったのか。
少しだけ塩気を感じるその水滴が、ポタリと落ちて湯を揺らした。
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