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「ふぅ〜」
退室していいと悠牙に言われ、桧央を連れて執務室から居室に戻ってきた私は、何だか少し気疲れして、部屋の真ん中あたりのソファーに身を沈めた。
「………」
桧央は居室に一歩入ったところで、所在なさげに立ち止まっている。
チラリとそちらに視線を向ければ、どうしたらいいのかとこちらを窺うようにしていた目が、気まずそうに逸らされた。
「ふっ、桧央」
思わず小さく笑ってしまいながら名を呼べば、ぎくりと強張った身体がぎこちなくこちらを向く。
「な、んでしょうか、さいき様…」
そろりと吐き出された声は、とても言いにくそうな様付けだった。
「ふはっ、無理に呼び方を変えなくてもいいぞ」
完全に吹き出してしまいながら言った私に、桧央の唇がきゅぅ、と引き結ばれる。
「っ…でも、弥景様に…」
「あぁ、叱られるのか」
「ゆうがのことも…悠牙様か陛下って呼べって」
「なるほどな」
あの宰相殿は厳しそうだ。
ぎゅぅっと眉を寄せる桧央を見ながら、私はふふっ、と苦笑した。
「なら、弥景がいないときには好きにしたらいい」
「んっ…」
こくりと頷く桧央だけど、その提案にもまだ迷っている様子で。
「随分と手酷い躾を受けたようだな…」
本当に一体何をされてしまったのやら。
「とりあえず座って、茶でも飲むか?」
淹れるぞ、と言えば、ハッと顔を上げた桧央が、ブンブンと首を振った。
「あ、う、さ、いき様にそんな!お茶ならおれがっ…」
「ぷ、くっくっくっくっ。桧央、無理をしなくていい」
とうとう派手に笑い声を漏らしてしまった私に、桧央のムッとした顔が向いた。
「わ、笑うなっ…」
「悪い、悪い」
だけど、あまりに昨日の威勢の良さとは打って変わりすぎてしまった桧央が、あまりに可笑しくて。
「弥景はそんなに怖いか」
「あ、あんたは弥景様の恐ろしさを知らないから…」
「まぁ容赦という言葉は持ち合わせていなそうだ」
「そうだっ。すっごく怖いんだからな」
「悠牙より?」
ぐっと力を込めて力説する桧央が可笑しくて、クスクスと笑ってしまいながら問えば、うーん、と少し考えた桧央が、小さく首を傾げた。
「ゆうが…様は、違う意味で怖いけど…」
「違う意味?」
「ゆうが…様は、不正を絶対に許さない。ジッと見られるだけで、何もかも見透かされてしまいそうな…全部を暴かれてしまう…そういう怖さがあるんだ」
「あぁ」
それは分かるな。
あの男の目はすべてを見通す。
良いも悪いもすべての他者の心を。
「でもそこがカッコいい」
えへっ、と得意げに笑う桧央は、どこまでも悠牙を慕い、悠牙に憧れる1人の男だった。
「そうか」
それが、不意に湧いて出た私なんかに。しかも憎むべき元王族の私なんかに悠牙の伴侶の座を横からとられ、ましてやその私の世話係を命じられたのは、どれほどの屈辱と悔しさか。
「それでも桧央は、文句を言わず、私に仕えようと頑張るのだな」
「ゆうが…様が決めて、命じたから…」
「そうか」
桧央にとっては悠牙がすべてで、その悠牙が決めたことは、どれほど悔しいことでも自らの気持ちを押し殺して従うもの、か。
ならば私は。
「私は、桧央の想いと覚悟に、恥じない妃であらねばならないな」
「あんた…っ、さいき、様?」
「ふっ、桧央の抱えた思いに恥じぬよう、しかと悠牙を支えよう」
だから見ていてくれ。
きっとそなたに後悔はさせない。
「あんたでよかったって…あんたにならゆうがをやれるって…おれが身を引いて正解だったって、絶対思わせろよっ」
「あぁ」
あぁ。そんな泣きそうな顔で言われたらな、応えるしかないだろう?
「桧央」
「っ…」
「私に弟がいたら、きっとこんなだっただろうか」
「さ、いき…様?」
「ふふ。私の側仕え、しっかりと任せたぞ」
来い、と命じて手を伸ばせば、ゆるく目を伏せた桧央が側までやってくる。
「はい、さいき様」
ストンと膝を折った桧央が床に片膝をつき、するりと頭を下げた。
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