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「ふぅん、ここは調理室か」
廊下を好きに進み、見えてきた扉を適当に開けては中を見る。
「ほぉ、こちらは宮仕の者の控え室」
「………」
なるほど、なるほどと見て回る部屋に、後ろから桧央がピタリとついてくる。
「さて、こちらは…ほぉ、近衛兵の詰め所か」
「……おい」
「ふぅん…」
以前と変わったところもあれば、そのまま同じ用途に使われているところもある。
「ならば厩舎は…」
「おいっ、あんた…」
不意に、グィッと袖を引いてきた桧央を、私はなんだと振り返った。
「もう、そろそろ部屋に帰ろうってば」
「もう?まだほとんど見ていないじゃないか」
勢いに任せてついてきたはいいが、もう冷静になってしまったのか?
「でもっ…もうすぐ昼だし」
「あ〜、食事か?なら桧央だけ先に戻っていてもいいぞ」
とりあえず、掴んでいるその袖を離して欲しい。
私はまだまだ散策し足りないのだ。
「もう少し見て回らせろ」
「はぁぁぁっ。あんたな…」
「お!桧央、見ろ。厩舎はそのままだぞ」
「あっ、おいっ、勝手に外には出るなっ」
慌てたように袖を引く桧央だけれど、私はするりと上着から手を抜いて、桧央の手に捕まっている不自由から逃れる。
「っ〜!この身勝手さい…」
「私の馬!」
どうにも聞き捨てならない台詞を桧央が吐きかけたのを後ろに聞きながら、馬の側に寄ったところで、厩舎番なのだろう。馬の世話をする使用人がひょっこりと現れた。
「っ、これは、元王子…いえ、さい、き、さま…」
ぐ、と強く唇を歪め、絞るように出された言葉に、私は苦笑した。
「先の宴にいた者から聞いたのか?そなたが納得できなければ、無理に呼ばなくても構わないぞ」
その心が認めぬ者相手に、様付けなど苦しいだけだろう。
私は彩貴だろうが元王子だろうが構わないのだ。
「っ、いえ…」
「まぁよい。少し馬を見せてもらって構わないか?」
そっと以前の私の馬に手を伸ばしながら聞けば、スッと頭を下げた世話番が、どうぞ、と許可をくれた。
「ほら、桧央も来てみろ」
可愛いぞ、と、馬を撫でながら目を細める。
「おれはいい。あんたも…」
早く戻れ、と、桧央が、私が脱ぎ捨ててしまったせいで桧央の手の中に残されてしまった衣を折り畳みながら呼んでくる。
「まだ、もう少しだけ」
優しく毛並みを確かめるように撫でてから、ひらりと馬の背に跨った私に、桧央のギョッとした目が向いていた。
「あっ、こらっ、あんたっ…」
「お〜、よしよし。よい毛並みだ。きちんと可愛がってもらっているのだな」
罪のないこの馬を、丁寧に大切にしてもらえてよかったと思う。
首に抱きつくようにその肌に顔を埋めれば、優しい陽の匂いがした。
「なぁ、桧央。そなたは馬には乗れるのか?」
「はぁっ?乗れないよっ!それより早く降りて…」
地上に視線を向けた私に、桧央はブンブンと首を振りながら、迷惑そうな顔をして下馬を促してくる。
「あ〜?まだ今乗ったばかりだろう?」
なんならこのまま、少し散歩でもして乗馬を楽しみたい。この子の体調やコンディションも知りたいし、と、軽く手綱を振った私に、桧央の顔が引き攣った。
「くくくっ」
そんなに困ることないだろうに。
「あんたっ…。さいき様っ!頼むから降りて…」
駄目だ、と必死になる桧央が少しだけ可笑しかった。
「ほんの少し散歩をするだけだ」
だって裸馬だし、厩舎の周りをちょっと歩くだけだ。
そのくらいならいいだろう?
トンッと横腹に合図をして、馬を歩かせ始めた私は、悠牙が、悠牙が、とばかり言っている桧央に逆らえて、少しだけ気分が良くなっていた。
「あまりうるさく言うと、このまま遠乗りに出てしまうぞ…」
少しだけ調子に乗ってそこまで口にしたところで、急に、馬が甲高い悲鳴を上げて仰け反った。
「うわぁっ?!どうしたっ…急に」
ヒヒーンと鳴き声を上げ、タンッと地を蹴って走り出す。
「うわっ、待てっ、待て待てっ…何故っ」
気づけば厩舎の出入り口の扉は開けられ、そちらを目指して馬が走り出していた。
「えっ?あんたっ…」
慌てて手を伸ばしてくる桧央だけど、暴走を始めた馬になどもちろん近づけない。
「離れろっ、蹴られる、危ないっ…」
ジタバタとむやみやたらに暴れて走り出す馬に、振り落とされまいと必死にしがみつきながら、私は大声で叫んだ。
「あんたっ…さいき様っ!」
「くっ、う、だい、じょう…」
「ぶ」のひとことを言い終わる前に、ダダッと走り出した馬が、私を乗せたまま城外へ飛び出していく。
「っ〜〜!」
とにもかくにも振り落とされては敵わぬと、私はただただ必死に馬にしがみついた。
「くっ、本当に、どうしたというのだ…っ」
どことも分からない場所に向かって暴走を続ける馬に運ばれながら、私は必死でこの子を宥めようと背をさする。
「っ、っ…」
パカッ、パカッとひたすらどこかへ駆ける馬に連れられ、王宮からはぐんぐんと遠ざかっていった。
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