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「っ…」
そうして、ようやく走り疲れたか、馬の足が緩やかになったところで、私は宥めることをやめぬまま、そっと馬の歩みを止めさせた。
「よし、いい子だ。大丈夫。そのままゆっくり、止まれ」
フンッ、と鼻息を1つ立てた馬が、ようやく落ち着きを取り戻す。
「いい子だ。よし。……それで、ここはどこだ」
ストンと馬から降り立って、かろうじてつけられていた手綱を引いた私は、ぐるりと見回した周囲にまったく見覚えがないことに溜息をついた。
「まずいな…」
薄暗く、寂れた街の外れだろうか。
かろうじて王国領からは出ていないだろうけれど、もう自分がどちらから来たかすら定かではない。
「っ、私は…」
まさか王国内で元王子が迷子だなどとは笑えない。
「っ、王宮はどちらだ…」
ぞくりと感じた嫌な予感に、私は馬の手綱を強く握り締めながら、そっと周囲を窺った。
中心街の外側の、さらに外側には、貧困街とはまた別の、王国の目が行き届かない無法地帯に近い地域が存在する。
『そのようなところまでも、本来ならば法の整備を行き渡らせ、治安を守るのもまた王の務めでありますのに』と嘆いていたせんせいに、王宮での勉学のときに教わった。
「まさかこの辺りがそうではあるまいな…」
だとしたらこの身が危ない。命も。
「丸腰だしなぁ…」
この馬1頭。それ以外に今の私の持ち物は、何もない。
「まぁもしあっても無法地帯の荒くれ者とやり合えるほどの剣術も武術も会得してはいないか…」
これは完全に詰んだな、と思いながらも、とりあえずこちらと決めた方へ向かって、無造作に歩き出した。
「っ、は、はっ、はっ…」
行けども歩けども変わらぬ荒んだ廃屋と荒野が変わるがわる現れるだけ。
「う〜…」
こんな、当てもなく長距離を歩かされることになど慣れてはいない身体が、早くも限界を迎えた。
「はぁっ…おまえにも、水を飲ませてやれないまま歩かせてごめんな」
とうとう足を止めて座り込んでしまった私に、馬がなんだと鼻先を寄せてくる。
「ははっ、おまえは…まったく。誰のせいでこんなことになっているのか分かっているのか?」
ヨシヨシと馬の肌を撫でながら、顔を寄せた私は、不意に指先に触れたぬるりとした感触にハッとした。
「傷…?これは…矢尻が刺さって抜けたような…」
馬の尻に程近い、太腿の辺り。まだ真新しい傷口から、固まりきらない血が滲んでいた。
「だから暴走を…?」
正確にはいつ負傷したのかは分からない。だからもしかしたら駆けている途中に負った傷かもしれないけれど…。
「っ…。私を恨む誰かが、私がこの馬に跨っているのを見て…?」
あの厩舎番かもしれないし、もっと離れた場所から射られたのかもしれない。
だけどきっと、悪意を持った誰かが、私の落馬や怪我を狙って…。
「っ…随分と憎まれたものだ」
分かっている。
分かっていた。
「だけど、さすがに堪えるなぁ…」
ははは、と漏れる笑いは、右も左も分からなくなり、このような薄暗く寂しい場所にただ1人、放り出された不安に、心が弱くなってしまっている証か。
「私は…きさまと並び立てる、こうありたいと望む王妃とは、ほど遠いな…」
弱った心に浮かんでくるのは、どこか飄々としていて、けれど決して道を誤らぬ悠牙の不敵に笑う姿と真っ直ぐな瞳だ。
「はははっ…」
生かされたこの命に、全力で報いようとすればするほど、元の身分に対する罪と壁があまりに大きいことを思い知らされる。
「乗り越えてゆけるのか?私は」
その重みに耐え、豊かで幸福な国を…。
するり、と馬の背を撫でながら、地に転がる小石をなんとなく見つめたとき、不意にジャリッと砂が踏みしめられる音がして、頭上にふっと影が差した。
「ッ…」
ザリッ、ジャリッと地を擦る足音がさらに複数上がる。
「何者だっ…」
座り込んでいた地面から尻を浮かせ、ジリジリと後ろに下がった私の周りを、数人の男が取り囲んできた。
「っ…」
「何者かって?そっちこそ。随分と身なりのいい格好をしているようだな。どこぞの貴族のボンボンか?」
「っ、貴様たちは…」
「クククッ、そんなお高そうな馬を連れて、いい格好をしたお坊ちゃんが来るような場所じゃあないぞ、残念だったなぁ」
ニィッ、と悪人面で笑う男は、まるでこの場に来た私が悪いのだと言わんばかりに迫ってきた。
「さぁて、持ち物全部とその馬と、服をすべて脱いで置いて行ってもらおうか」
ヒタリ、とナイフの先を頬に当てられ、私はぐ、と息を詰めた。
見れば周りの男たちも、みな剣やナイフを手にしている。
「っ…」
これが、書物で読んだことがある、盗賊という者なのか。
ぞくりと震える身体に、どうするべきか、と思考を始めたのは一瞬だった。
「なぁこいつ、やけに綺麗な顔をしてないか?」
「あ〜?そうだな。しかし、どこかで見たことがあるような…」
「王妃だ」
「あぁ、最近革命を起こされて殺られちまったっていう話がここまで伝わってきた、あの?」
な〜るほど、と笑い合う男たちが、ニヤニヤと目を見合わせる。
「ってことはだ、坊ちゃんはもしかして、本当に本物のお坊っちゃまだということか?」
「っ…」
「前王の唯一の子、第一王子サマか〜?」
「っ、私はっ…」
「なるほど、なるほど。革命軍に父親がたおされて?王宮を追われ、命からがら逃げ延びて来たってわけか」
「違っ…」
ニヤリ、ニヤリと距離を詰めてくる男たちにぐるりと間近で囲まれて、私は上がっていく心拍数をどうにか落ち着けようと必死だった。
「クククッ、なら、おまえをここでどうしてしまおうと、誰も何も気にしないわけだ」
「っ…」
「へぇ?ふ〜ん?」
値踏みするような不快な視線がいくつも身体にまとわりつく。
「このまま革命軍に突き出して、処刑される様を見てやってもいいけど…やっぱりここは、こんなところまで足をお運びなんだ、盛大に歓迎して差し上げるのが筋だよな?」
「っ、何を…」
「なんなら革命軍にくれてやるのは、死体でも構わないだろうし」
「貴様らっ…」
「俺たちは別に、革命に参加したやつらとは違って、王国にも王族にも恨みなんかはないけどな?」
「っ…」
「小綺麗な格好をして、裕福な暮らしをしてきた王子サマが、どんな顔で泣いてもがいて許しを乞って?俺たちのような根なし草の民に跪くのかには、と〜っても興味があるわけだ」
クククッ、と笑う男たちの、下卑た笑い声にゾッとした。
「さぁて、元王族様のお味はどんなかな?快楽も苦痛も両方とも、壊れる限界ギリギリまで与えてやるよ」
「っ…」
「せいぜいいい声でないて、その身体で俺らを楽しませてくれよ」
そうして弄ばれて、最終的には殺される…。
そうと悟った私は恐怖に引き攣る身体を必死で動かし、男たちの輪の中から逃れようと這いずった。
「ふはははっ、逃げようだなんて、無駄、無駄」
「さぁてまずは、そのお綺麗な顔が、羞恥に染まる様を見せてもらおうか」
「そのあと快楽に歪ませて、最後は苦痛に泣き叫べ」
ゲラゲラと笑う下品な笑い声の中、伸びて来た手に服を剥ぎ取られそうになる。
「っ、っ…」
もう駄目だ、と、目を固く瞑って身体を小さく丸めたとき。
ダダッと派手な足音と共に、ヒヒーンと甲高く鳴く馬の声を聞いた。
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