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だってあれは…。私のせいではないのだ。
シーンと静まり返った室内に、気まずい空気が流れる。
そこに。コンコンと空気を割って、ノックの音が鳴り響いた。
「失礼します。ただ今戻りました」
スッと洗練された所作で頭を下げ、弥景が室内に入ってきた。
「っ…」
「あぁ、弥景か。ご苦労だったな」
「いえ…」
悠牙はすぐに私から意識を逸らし、弥景に対応したけれど、室内に流れるおかしな空気を弥景は察したようだった。
「えぇと?」
「ふっ、報告を」
「よろしいのですか?」
「あぁ」
ふと空気を緩めた悠牙が私から弥景に向き直り、それに弥景が傅いた。
「では。まずは、彩貴様のご乗馬された馬に矢尻を刺し、暴走を仕組んだ者ですが」
「あぁ」
「捕らえて牢の方へ閉じ込めてあります。追って沙汰すると言い置いておきました」
「分かった」
っ!やはり。
あの暴走は仕組まれたものだった。
思わず息を詰めた私に、チラリと一瞬だけ悠牙の目が向いた。
「続いて彩貴様を襲った盗賊団ですが、すべて捕らえてこれまた牢へ」
「そうか」
「処断はまた後ほど、ということで」
「あぁ、それでいい」
「早くの法整備と、治安の回復と維持に努めましょう」
「ん…」
コクリと頷いた悠牙が、ゆっくりとソファーから立ち上がった。
「それで、後はこのじゃじゃ馬と、その世話係の処分か」
チラリ、チラリと、私と桧央を順に見て、悠牙が弥景に視線を止めた。
「そうですね。彩貴様のご処分は、悠牙様にお任せ致します」
「っ…そんな」
「主の身勝手を止められず、あろうことかその乗馬した馬の暴走も防げず、止めることも出来ずに主の身を危険に晒した罪は、こちらで断罪致しましょう」
「っな…」
ハッと振り返った桧央の顔は、ザッと青褪めて、だけど諦めたように首を垂れた桧央に、私はカッと弥景に向き直った。
「桧央は何も悪くないっ!」
「彩貴様を王宮から出し、危険な目に遭わせた、それだけで十分な罪でございます」
「それはっ、不可抗力でっ…。それに馬が暴走したのは桧央のせいじゃなくて」
弥景だってさっき言ったじゃないか。
どうせまた私を恨みに思う者が、私を狙って起こした不始末なのだと…。
「だからっ…」
「ふっ、桧央」
「っ、はい、ゆうが様」
「俺はおまえに、彩貴の身の回りの世話を任せると言ったな」
「はい」
不意に悠牙が口を出し、桧央がサッと床に膝をつき首を垂れた。
「彩貴がどんな我儘を言って、無理難題を申し付けてきても、もしそれが違うと感じたら、諫め、窘めるのも配下の者の務めだと、そう言った」
「はい…」
「俺は今日、昼は彩貴と共にとるから、その時間には部屋にいるようにと言っておいたな?」
「っ、おれは…」
そうだ。桧央は、王宮内をふらつく私に、昼だから部屋に戻ろうと、確かに進言した。
「もし進言したとしても、それを彩貴に聞かせられなければ意味がない」
「っ…」
「厳しいようだけどな、それが彩貴のためになる」
「は、い…」
がくりと頭を下げた桧央に、私はぎゅっと拳を握り締めた。
「桧央。それを理解したならば、弥景と行け」
はい、と桧央が頷く前に、私はさっと口を挟んだ。
「待てっ!」
悪いのは、桧央ではないのだ。
「悠牙!」
私が…私が、桧央があれこれと言ってくる言葉を軽んじて、浅はかな気持ちでそれを疎んだのだ。
「悠牙っ…桧央は、悪くない」
だから連れて行かせないでくれ、と願った私にも、悠牙の冷ややかな目は変わらなかった。
「彩貴」
「っ、な、んだ」
「この王宮内には、俺が先日彩貴を紹介した、あいつらの他にも、まだたくさんの者が出入りしている」
「あぁ、分かっている」
なんだ?突然。
「っ、分かっているなら、何故!」
「は、っ?」
「噂が広がり、おまえの立場を知らぬ者は、もうそう多くはない。だけど、おまえの表面上の肩書きだけしか見えていない者もっ、おまえという人間をよく知らない者もっ、かつての憎しみのまま、まだその立場を受け入れられていない者もっ、悔しいけど、残念だけど、確かにいる」
「っ、あ、ぁ…」
「俺が許した、王宮の1部の場所以外は、おまえにとってまだ諸手を挙げて安全だとは言い切れない」
あ、ぁ。鋭い悠牙の目が、さらにきつく吊り上がった意味を私は理解してしまった。
「だから桧央をつけていた」
「っ、私は…」
「なのにおまえはみすみす危険な場所へ行き、あろうことか王宮の外にまで放り出され、陵辱され殺される寸前だった!」
あぁ、悠牙の怒りの意味を、やり切れない心の内を、理解してしまった。
「そのような事態を招いたんだ!それは十分罪となる、処罰の対象だ」
ぎりりと目の端を吊り上げる悠牙の前に、私はスッと出た。
「悪かった…」
「彩貴?」
「私が悪い。すまなかった」
こくん、と頷く程度のお辞儀だが、私の中での精一杯を込めて謝罪をしたつもりの頭上に、悠牙が鼻を鳴らした声が降って来た。
「それで謝っているつもりか」
ハン、と吐かれる息の音が聞こえる。
「わる、かった…」
さらに少しだけ深く、頭を下げたら、頭上にスッと影が差した。
「彩貴」
「っ、私が…私が悪かったのだ。桧央はきちんと務めを果たそうとしてくれていた」
そうだ。桧央はきっと私がまだ嫌いだろうに。
悠牙が気にかけ、どうにか守ろうとしてくれている思いも分からず、自らの身勝手で、のこのこと危険に飛び込んでいくような愚か者だ。
悠牙の言いつけの意味を、その心を知るからこそ、桧央が懸命に私を窘めようとしてくれていたにもかかわらず。
「それを己の浅慮で振り切ったのは私だ」
桧央はきっと私が嫌いだ。
悠牙に想われているのに。自分ならばその中でそんな愚かな真似はしないと、きっと思っているだろう。
憎くて口惜しくて悔しくて。
それでも、守ってくれようとするのだ。
私が、悠牙の大切なものだから。
「悠牙」
桧央の大切に想う、悠牙の大切なものだから。
そんな桧央に、罰を受けさせることなどできない。
「わる、かった。仕置き…なら、私がいくらでも受ける」
「ほぉ?」
「だから、桧央のことは加減してやって欲しい」
頼む、と今度ははっきりと頭を下げた私に、悠牙の目が薄く眇められた。
「彩貴」
「っ、なん、だ…」
「いいか?1つだけ覚えておけ」
「っ、ん…」
「俺は、もしおまえが、何者かに損なわれるようなことがあれば、確実に、誤りの牙を剥く」
「っ…」
「おまえの身罷りを許した者、導いた者、直接手にかけた者、すべてを憎み、復讐の刃を手にするだろう」
それは何と苛烈な、そしてその身を顧みない深く過激な愛なのだろう。
「悠牙っ…」
だがそれは、決してさせてはならぬ。
そして、言わせることすらしてはならなかった。
「すまぬ…」
「おまえが何をしてしまったのか、ようく理解するといい」
「っ、あぁ…」
「不可抗力?それでつく諦めならば、あれほど必死におまえを探さんよ…」
あぁ、そうだ。あの時、悠牙の、その顔は。
必死に焦り、青褪め苦しみ歪んでいた。
華麗に剣を振るう一方で、悠牙の顔に余裕は1つもなかったのだ。
きっと必死で私の行方を探した。
桧央に事の次第を教えられて、きっとすぐさま王宮を飛び出した。
弥景と精鋭を連れ出して、それこそ必死に、必死に。
「っ、すまぬ。すまなかったっ、悠牙…」
私が誤った。
桧央に罪を背負わせ、悠牙を誤ちに引き摺り込むところだった。
「すまない…っ」
捜索と救出の手間をかけさせた。
悠牙に苦しい思いをさせた。
桧央に恐怖を与え、罪を背負わせかけた。
悠牙の想いを、踏み躙った。
救けてくれた悠牙に、私は何を言った?
私に責任はないと。頼んでなどいないと。
何と浅はかで、何と愚かな振る舞いをしただろう。
「罰は、私に」
「分かった」
静かに頷いた悠牙に、私もまたゆっくりと頭を下げた。
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