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「んっ、は…」
ぼやぁっと輪郭が曖昧な景色が目の前に見えてきて、私は自身が意識を飛ばしていたことを察した。
「んっ…ここは、居室か」
そして私が横になっているのは寝台か。
ふわりと柔らかい寝具の上で、ぼんやりと天井を見つめながら、私は頭がきちんと動き出すのを待った。
「はぁっ、まったくあの男は…」
仕置きだか何だか知らないが、人の身体を散々好き勝手に弄んでいって…。
まだ尻に、多少の違和感が残っている。
「異物は取り除いていってくれたようだが…」
その男はまた執務に戻ったのか、室内に姿も気配もない。
「く、ぅ…」
ひどく怠い身体をゆっくりと寝台の上に起こした私は、寝具も服も綺麗に整え直されていることに気づきハッとした。
「あの男…だよな?」
まさか桧央や別の使用人に任せてはいないよな?と鼓動が速くなる。
「っ…」
ドキリとした心臓をなだめながら、寝台を降り立とうとしたところで、ノックの音が割り響いた。
「………?」
「あの、さいき様?桧央ですけど…」
「あぁ、桧央か。入れ」
薄く開いた扉から聞こえてきた声に返事をすれば、ホッとしたように空気を緩ませた桧央が、茶器の乗ったトレイを手に入ってきた。
「あの…お飲み物を…」
「あぁ、悠牙か」
思えばすっかり叫び過ぎたのか、喉がかなりガラガラとしている。
「そちらでもらおう」
「はい…」
テーブルを示してやれば、桧央は静かに頷いて、そちらへ向かった。
「ふ、ふ。まだ慣れないか」
恐る恐るといったように、小さく手を震わせて慎重に茶を入れている桧央に笑ってしまう。
ティーポットの先とカップがぶつかり合い、カチャカチャと音を立てているのがまた、桧央の緊張ぶりを語っていてなんとも可笑しかった。
「そう緊張しなくてもよいものを」
私は茶の淹れ方や味ひとつで、ぐだぐだと文句を言うほど小さくはないつもりだ。
ゆっくりとテーブルに向かい、その椅子に腰を下ろした私は、目の前でおっかなびっくり茶を淹れてくれている桧央に笑ってしまった。
「っ、だ、って…こんな高そうな茶器、使ったことないんだよ…」
どうにか茶を淹れ終えて、ホッと息をついた桧央が、ツンと口を尖らせている。
「まぁ確かに高価な茶器だが…悠牙はどうせ、あるものは使わなければもったいないとか、買い替える金が無駄だとか程度の理由で、元々王宮にあったものを使っているんだろう。こだわりもなければ、多少の傷がつこうが万が一割ってしまおうが気にしないと思うぞ」
わざとでなければ、と言えば、桧央は恨みがましい目をしてこちらを見た。
「あんたも?」
あんたは元王族だろう?と語る目に、私は苦笑した。
「私もこだわりはない」
けれど、嘘だ、と語る桧央の目が、まだ疑り深くこちらを見ている。
「桧央?」
「だって…前の王宮に勤めていた料理人で…王妃様のお気に入りの皿をうっかり割っちゃった人が…そのことで牢に入れられたって…」
「っ!」
なんと、あの母は、そんな真似までしていたのか…。
「桧央…」
「な、なんだよ」
「すまなかった。そなたに謝っても仕方のないことだろうけれど…。私は、前王室とは…あの父や母とは、違う。違うものでありたい」
だから恐れないで欲しいし、見ていて欲しい。
「っ、分かって、るよ…。あんたが、他の前の王族とは違っていることは…。だっておれのことを2度も庇ってくれたし、ゆうが様が選んだんだし…」
「桧央…」
「それに、意外と俗なんだな、ってことも分かっ…」
ついポロリとなのか、ニッと笑って何かを言いかけた桧央が、ハッと口をつぐんで顔を赤くした。
「っあ〜、えっと、その…」
「わ、忘れろっ!」
「ご、ごめん…」
桧央が何を言おうとしたのかを悟って、こちらの顔も赤くなってしまう。
「だ、だけどほらっ、男なら溜まるし!当たり前だろっ?」
「っ、だから……え?桧央、そなたも経験が?」
「そりゃさ、なぁ?まぁあんたみたいに?愛してくれるゆうが様みたいなのがいないから、なおさら?」
「あい…っ」
「本当、羨ましいよな。さっきも抱かれてたんだろ?すっげぇ色っぽい顔してるしさ…」
それに怠そう、と笑う桧央に、私は目を白黒させた。
「抱かれた?」
「えっ?あ、え?…」
「桧央?」
「あっ、ごめん。え?もしかして、逆?いやでもまさか」
え?え?と、今度は目を白黒させているのは桧央の番で。
「あのな、桧央」
「ひゃいっ?」
「その…桧央は、伽というか閨というか、その、な…」
ごにょごにょとなってしまった私の言葉に、桧央がコテンと首を傾げながら眉を寄せた。
「交わりっていうか、房事のこと?」
「まっ……ぼっ…」
「いや、どうした」
「どうもっ、こうも…っ」
何を怪訝そうにこちらを見ているのだ。
そんなケロッと、何でもないことのように…。
「あれ?もしかしてさいき様…」
「なっ、なんで、桧央はそんなことに詳しい…」
「あ〜、まぁおれだって?興味はあるし。なんならゆうが様に抱かれてみたかったし?男同士はどうするのかな〜?とかさ」
「っ、っ…」
まぁ桧央が悠牙を好いていることは知っているけれど。
「ゆうが様に抱かれる想像をして抜いたり?あ、それは許してくれよ?」
「ぬっ……」
桧央は…桧央は一体なんの話を…。
「まぁだから、そういう書物をさ?」
「書物…?っ、そのようなものがあるのか!」
「ふぇ?あるっていうか、まぁ、俗書だけど…」
「何でもよい。それを読めば、伽についてや交わりのあれこれが分かるのだよな」
「分かるっていうか、オカズに使うっていうか?」
「よし、桧央」
「はい?」
「書庫に行くぞ」
そうだ。思い立ったら即行動だ。
「はぁっ?さいき様?」
私の行動が突然に思えて驚いているのだろう。
目を白黒させている桧央だけれど、それに構ってはいられない。
「その、そういう書物とやらを見に行くぞ」
「はぁっ?春画っていうか、猥本っていうか、そんな俗書を?」
「あぁ、もちろんだ」
「いや、だけどさすがに王宮の書庫には…」
だって春本だぞ?と眉を寄せている桧央を放って、私はズンズンと部屋の出入り口へ向かった。
「ちょっ、待ってって」
「大丈夫だ。書庫の場所は分かっている」
「いやだからっ、そんな心配をしているんじゃなくって!」
ワタワタとしながらついてくる桧央の叫びに、私はふと立ち止まった。
「ならば何だ。あ、もしかして、悠牙から私を部屋から出すなとか言いつかっているのか?」
私は直接言われていないが、あんなことがあった後なのだ。謹慎だと言われても仕方がないかもしれない。
後ろの桧央を振り返り、どうなのかと窺った私に、桧央はフルフルと首を振った。
「別に何も言われていないけど」
「ならば問題ないな」
「いや、だからなっ?あんた…」
タタッと追いついてきた桧央がそこまで言ったところで、不意にハッとしたように目を見開き、さっとその場から傍に身を避け頭を下げた。
「ん?」
「おぅおぅ、じゃじゃ馬と、桧央」
ぷくくくっ、と笑いながら、廊下の先から現れたのは、弥景を連れた悠牙で。
「っ…」
「こんなところでどうした?」
もう起き上がれたのか、と笑いながら近づいてきた悠牙が、くしゃりと髪を掻き混ぜてきた。
「触るなっ」
「くくくっ、相変わらず毛を逆立てた猫みたいだな」
「きさまこそ、こんなところをふらふらと、執務はどうした」
あんなことの後で非常に気恥ずかしくて、私はつっけんどんに悠牙の手を払った。
「ん〜?お仕事は、ひと段落ついたから、夕食の時間も近いし、休憩。がてら、おまえに話をとな」
「話?」
「で?そっちこそ、桧央を連れてまた散策か?」
懲りないな、と笑われて、私はムッと膨れて悠牙を睨んだ。
「私が私の住まいをどう歩こうと自由だろう?それにただ書庫に行こうとしているだけだ」
それに許可がいるか?と問えば、悠牙は面白そうに目を細めて、「いんや?」と首を振った。
「ならばよいだろう?」
「あぁ、別に構わないけど、今度は何のお勉強だ?」
また薬物か?と揶揄う悠牙に、私は口を開きかけて、ハッとどもってしまった。
「い、や…別に勉強…と、いうわけでは…。その、ちょ、ちょっとな、書物を、探しにというか、なんていうか…」
あぁぁぁ、これでは何やら疚しいことがあると、言っているようなものではないか。
どうにもしどろもどろになってしまった私に、不審そうな目を向けた悠牙が、次にはサッと桧央にターゲットを移してしまった。
「桧央?」
「っ〜!だからっ、何故桧央に聞くっ」
「そんなの、おまえが怪しいからだろうが」
「私は何も怪しくなどっ…」
「いや、そうむきになるところがすでに怪しいって」
で?と桧央に向き直る悠牙に、私は「言うな!」と視線で圧力をかけた。
だけど。
「あ、えっと…」
「桧央、言え」
「っ、はい、ゆうが様。あの、その、さいき様が春本を読みたいと…」
ぽつりと暴露してしまった桧央に、悠牙の眉が限界まで寄せられた。
「春本?」
春本…春本、と繰り返した悠牙が、「猥本か」と呟いてにやりとする。
「なるほどなぁ?」
「っ、きさまっ…」
「それで書庫にって?」
「っ〜!だからそれはっ…」
「くくくくっ、だけど、いくら前王が貴重な書物を収集したとはいえ、さすがにここの書庫に猥本はないと思うぞ、猥本は」
ぷくくくっ、と笑った悠牙に、カァァッと顔が熱くなった。
「まぁ王子様もオトコノコだもんな〜?興味があって何よりだけど」
「っ、私はもう王子ではないっ」
「それはさぁ、俺が手取り足取り丁寧に教えてやるからおまえは余計な知識をつけなくていいって」
「っ、っ…」
「むしろ下手に変な知識をつけられる方が困る。桧央、こいつが余計なことをし始めないように、ちゃんと見張っておけよ」
「はいっ、ゆうが様っ」
っ〜!余計とはなんだ。見張れなど…。
私の前で桧央にそう命じれば、私が下手に動けなくなると分かっていてこの男は…。
その抜かりのなさにムッとしながら睨んだら、悠牙はニッと笑ってまた髪を撫でてきた。
「くくくっ、おまえは、そんな勉強じゃなくて、もっと大事なことがあるぞ」
「大事なこと?」
「あぁ。政の話だよ」
くくく、と笑った悠牙の向こうから、スッと南雲が顔を出した。
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