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「それでは、政についてはまた明日からするとして、夕食にするか」
「そうだな」
ぐい、と流れ落ちる涙を拭い、私は背を伸ばし顔を上げた。
「あぁ彩貴、もしも足りないものや必要なものがあったら遠慮なく言えよ」
適当に揃えてはあるが、と言う悠牙に黙って頷く。
「南雲。このじゃじゃ馬の教育は簡単ではないだろうが、ビシバシしごいてやれ」
「はっ、あ、はい…」
おろっ、と戸惑った南雲が、こちらに視線を向けてくる。
「きさまな…」
「元王子だからと甘やかさなくていいぞ。まぁその辺、彩貴に対して遠慮があるかもしれないが、これからはおまえが彩貴の師となるのだ。せいぜい立派に育て上げろ」
「はい、悠牙様。王子…彩貴、様、これからよろしくお願いします」
「うむ」
スッと綺麗に頭を下げた南雲に1つ頷けば、悠牙の呆れたような目が向いた。
「なんだ」
「おまえね、だからそういうところ」
「は?」
「よろしくと言われているんだから、おまえもよろしくするの」
「はぁ?」
「そうだろう?むしろ今は教えを乞うのはおまえの方なんだから。おまえの方がお願いしますと頭を下げる側だろうが」
そういうところが王子だよな、と言う悠牙にムッとした。
「私はもう王子ではない」
「うんうん、だろう?」
「は?」
「だから。まぁ散々他人(ひと)に傅かれ、そういう扱いを受けてこれまでやってきたんだろうから仕方がないところもあるけど…」
「悠牙?」
「おまえのそういうトコ、これからは、直していこうなぁ」
「あ、ぁ…?」
「フッ、おまえにはもう少し、世間一般の常識も教えていかなければならないってことだ」
ポンと頭に乗ってきた悠牙の手が、くしゃくしゃと人の髪を掻き混ぜる。
「やめっ…」
「南雲、その辺りの教育も、協力しろよ」
「はっ」と頭を下げる南雲の顔は、複雑そうに歪んでいた。
「さ〜て、じゃぁ飯だ、飯」
人の髪をぐしゃぐしゃにしてくれていった悠牙の手がパッと離れ、軽やかな足音と共に、悠牙が部屋の出入り口へ向かう。
「あぁ、南雲。おまえも一緒に食べるだろう?」
「えっ?はっ、私が?いえっ、そんなこと…」
不意に振り返った悠牙の言葉に、南雲が慌てふためいて両手を振っていた。
「なんだ?」
「いえっ、私が、王と同じ卓に着くなど…」
分不相応だと南雲が尻込む。
「あん?何故」
何を言っているんだ?というように、心底不思議そうに首を傾げた悠牙に、南雲が深く頭を下げた。
「私程度の位の者が、王と食事を共にするなど恐れ多く、身分違いも甚だしいです」
「位?身分?」と首を傾げている悠牙が、弥景に視線を向けた。
「はぁっ…一般的な感覚では、臣下や侍従が国王と同じ食卓につくというのは、恐れ多く、とても出来ないと思うものです」
それが普通だと呆れている弥景に、悠牙はまったく納得出来ていなそうな顔でまだ首を傾げている。
まったく、この男は…。
自分が国王という自覚がないのだろうか。
「本当に、きさまはな…」
そういえばこの男は、最初からそうだったな。
王宮に戻ってきた最初の日も。
この男は国王らしからぬ言動をして、私の首を疑問に傾げさせた。
「王宮の改装に励む民たちに、いちいち挨拶の声をかけ、会話に朗らかに応じ、礼の言葉を述べていた…」
「それがどうした」
なんだ?と心底不思議そうなきさまが1番不思議なのだ。
「こんな、国王のくせにまったく国王らしくないきさまのどこに、恐れ多さや遠慮を持てというのやら」
「彩貴?」
「ふっ、まぁ、だからこそきさまだ」
「うん?」
「だからみながついてくる」
地位や身分に拘らない。
すべての者に分け隔てなく、その者が正しき道にいるのかそうでないかだけが悠牙の区別の判断基準だ。
ただ正しいことを正しいと真っ向から言うだけの悠牙に、人は引かれるように付き従っていく。
「本当に、非常識の塊なのはどちらだ」
こうも真っ直ぐ、ぶれなく歩いていける人間はそうはいない。
「なぁ弥景?」と、国王としての立居振る舞いにうるさそうな側近様に視線を向けてやれば、「まったく…」と肩を竦めた弥景が見えた。
「南雲。これはこういう男だ。難しく考えるとこちらが損をするぞ」
だから気にせず同席せよ、と笑った私に、南雲はまだ困惑したまま、それでも「はっ」と頭を下げた。
「っ…」
「んっ?どうした?」
「いや、何とも豪快な食べっぷりだな、と」
「おまえはさすが、上品だな」
王子様?と揶揄う悠牙からツンと顔を逸らし、私はガチガチになっている南雲の方を向いた。
「遠慮せずともよいのに」
なぁ弥景、と、こちらは結局頑なに同席を拒み、少し離れたところで給仕に徹してしまった弥景を振り返れば、「そうですね」と淡々とした声が返った。
「あ、その…」
チラリとそんな弥景の方を見る南雲の目は、宰相様を差し置いて私などが…とまだ遠慮を語っている。
「ぷ、くくくっ、本当、そいつは頭が固いよな。そいつはそれがいいみたいだから気にするな」
どMなんだろ、と悠牙が声を立てて笑う。
「どM…ですか」
「あぁ」
「はぁ…」
どちらかというとSっぽいのですけど…と呟いている南雲の意味は分からなかった。
「なぁ」
「何だ、彩貴」
「それだ。きさま」
「あん?」
「この間からMだとか、何だとか。それは、なんなのだ」
何かの暗号なのか。けれど南雲とは話が通じていそうなそれが気に食わない。
「………」
「………」
「なっ…」
なんなのだ。意味深に南雲と目を合わせて肩を竦めて。
「なぁ、南雲さ〜ん」
「ゆ、悠牙様…?」
「どうなのよ、コレ。前王室は、どこまでお綺麗で純粋培養なキョーイクをしてくれてんの」
「あ、いえ、それは…」
悠牙のふざけた問いかけに、戸惑う南雲の視線が彷徨う。
「まぁ?テーブルマナーやら王族としての立居振る舞いはきっちり仕込まれているみたいだけど?あまりに性教育に関してが疎かすぎやしないか?」
「それは、その…」
「おまえら、本当、こいつをどうしたかったんだ」
純粋培養も度が過ぎるとただの世間知らずだ、と笑う悠牙に、南雲がますます困ったように眉を寄せた。
「それは、その、王…彩貴様にはまだお早い、とか?」
「いやいやいやいや。お早い、って、こいつもう17だろう?」
「そうなのですけど…政や経済、歴史、言語その他、多くの勉学に忙しく、そちらの方まではどうも…」
「手が回らなかったって?まぁ変に手垢がついていないのはありがたいけど…南雲」
「は、はい」
「もう少しだけ、まともな性教育をしてやってくれないか?ただし、知識だけ」
「はぁ…」
「実践と手解きは俺がする。おまえは知識だけでいい。くれぐれも、下手な真似や余計な知識まではつけるな。基本的なことだけ、書物や文献で教えてやってくれ」
俗書は使うなよ?と笑う悠牙に、うっ、と言葉に詰まった南雲が「あまり得意分野ではありませんが…」と言いながらも、静かに頭を下げたのが見えた。
「せいきょういく?」
「あぁ。男女の交わりや、男同士のやり方とかな」
「っ…」
興味あるんだろう?と目を細める悠牙に、カッと頬が熱くなる。
「桧央を巻き込んで、余計なことをやらかす前に、他の勉強と一緒にそれもきちんと南雲から学べ」
「う…わ、かった。南雲、その、よろしく、頼む」
お願いするのは私の方、という悠牙の言葉を覚えていて、頭こそ下げ損ねたが、何とか願ってみた私に、悠牙の目が細められた。
「くくくくっ、おまえ、そういう柔軟なところは好ましいよな」
「な、なんだ、急に」
「南雲。知識をつけてやるのは構わないが、絶対にこれに手を出すなよ?」
可愛いからな?という悠牙に、南雲がブンブンと首を振る。
「滅相もございません!」
それこそ恐れ多い、とますます固くなってしまった南雲に、悠牙は晴れ晴れと笑った。
「俺の寵姫に手を出す者があれば、誰であろうと容赦はしない」
くくくくっ、と笑う悠牙の目は本気をしていて。
「誰が姫だ!」
私は男だ、と反論する私の声に、何故か南雲がようやく力が抜けたように苦笑した。
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