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それからは、午前中いっぱい、こちらも南雲にしごかれて、クタクタになりながら昼食の時間を迎えていた。
「さいき様…お疲れだな」
大丈夫か?と心配そうに眉をひそめてくれているのは、テーブルの上に私の分の昼食を整えてくれている桧央だ。
「まぁな…。だが、一国を正しく治め、その政治の中枢の、さらに最高位である王の補佐をしようと思っているのだ。これくらいは、想定の内だ」
そうだ。まだまだやるべきことは山とある。この程度で音を上げていては到底務まらない。
「父たち前王族が滅茶苦茶にした国を立て直すのだ。覚悟はしている」
「そっか。政治のことはよく分かんないけど、大変なんだな」
はい、お茶、と、温かく湯気が立つ飲み物を出されて、ホッと息をつく。
「まぁ大変は大変だ。だが、そんなものは、どんな仕事についていても同じことだろう?」
「同じ?」
「あぁ。大変さも、楽しさもやりがいも、どんな仕事にだってあるだろうし、王妃だからと、それが特別大変なのだ、ということはない」
だから、疲れはするが、それを辛いとは思わない。
「あんたは…」
「ふふふっ、それに大変というなら、きっと悠牙の方こそ」
今日は、昼もみっちり片手間に仕事だとかで、食事を共にできないからと、私は1人、こうして居室で桧央に給仕され、のんびり昼食なのだ。
「ゆうが様が?」
「あぁ。何せあの男は、今まで執務だ政務だと、事務仕事などしてきたことがないだろうからな」
思わずにやにやと笑ってしまったら、桧央がう〜ん、と唸りながらも、コクンと頷いた。
「確かに…。ゆうが様は、剣を振るって馬に乗って。立ち回っているのが似合うよな」
「そうだろう?」
「だけど、そっか。机について、バリバリ書類仕事をしていくゆうが様かぁ…」
ヤバい、カッコいい!と、うっとり何を想像しているのか、桧央の手元が疎かになる。
「っ、おい桧央!落ちる!」
せっかくの料理が、と、斜めになってしまった皿から滑り落ちそうな料理を見て、私は慌てて手を伸ばした。
「わっ!あ、ごめん」
ギリギリのところでハッと皿を水平に持ち直し、桧央がへらりと笑いながら、テーブルの上にその皿を置く。
「危ない、危ない。さいき様に出す食事を、うっかり落っことしたなんてことになったら、弥景様からどんなお叱りを受けるか…」
ゾクッと寒気でも感じたのか、両腕を両手でさすって肩を竦める桧央は、相当に弥景が恐ろしいらしい。
「ふっ、あちらは、事務仕事は大の得意そうだな」
「弥景様?」
「あぁ。本人は、文官に見られがちなだけで、腕っぷしの方が自信があるというようなことを言っていたが」
「弥景様は…何でもオールマイティにこなすよ。完璧人間って、弥景様のことを言うんじゃないか?」
「完璧か」
弥景がな…。なるほど、確かに万能そうだが。
「まぁでも、性格はやっばいよな」
ここだけの話、と声をひそめる桧央が、私以外誰もいないと分かっている室内なのにキョロキョロとする。
「ふっ、桧央は、本当に弥景が苦手だな」
「そりゃそうだろ?鬼だし、厳しいし、ドSだし」
こっわいの、と肩を竦める桧央の、1つの言葉に私は引っ掛かった。
「それだ。桧央まで…」
「はっ?」
「Sとは何なのだ。悠牙や南雲も分かっていて…。Sだとか、Mだとか」
「あ〜」
「私のことはMだと悠牙が言い、南雲やそなたは弥景をSだと言う。サイズだとしたら逆ではないかと思うのだが。それにどうやら悠牙の様子だと房事に関わることのようだし…」
ゆるりと横に立つ桧央に首を傾げれば、桧央は困ったように笑いながら、ふらりふらりとあらぬところに視線を彷徨わせた。
「あ〜、まぁそれはなぁ?」
「桧央?」
「いやぁ、これは…。もしおれが、そんなことを教えたなんてバレたら、また怒られそうだから…」
言えない、と口をつぐむ桧央にムッとなる。
「何故だ。知っているのなら教えよ!」
みなだけ分かっていて、私だけが知らぬのが気に入らない。
「勘弁してって!」
「嫌だ。ほら、この料理をすべてやるから」
「はぁっ?食いモンには釣られないよ!」
「では桧央、自白剤の類は持っておらぬか?」
何せ痺れ薬などという物騒なものを所持していた過去があるからな。
もしやと思って桧央に飛びかかった私を、突然のことゆえ避け損ねた桧央が、そのまま私もろとも床に倒れた。
「っ、っ!ちょっ…さいき様。あんたバカ…?」
「っ、っ、てっきり躱すものかと…」
桧央に乗り掛かるような形で床に倒れてしまった私は、ひっくり返った桧央が、打ちつけたのだろう頭をさすりながら上半身を起こす上で、さすがに申し訳なく思って眉を下げた。
「いきなり襲いかかってきてくれてよく言う」
ゆうが様が『じゃじゃ馬』って呼ぶ意味が分かる…と呆れている桧央の上から、とりあえず退いてやろうと身動ぎながら、私は大袈裟に溜息をついた。
「だから、そなたが初めから隠そうとせずに教えてくれれば、このようなことにはならなかったのではないか」
「はぁっ?おれのせい?」
それは責任転嫁が過ぎる、と桧央が眉を吊り上げる。
「だって…」
コンコン。
「彩貴様、失礼いたし……これは」
「「っ、っ!」」
突然の、ノックの音のすぐ後に、綺麗な一礼をしながら入室してきた弥景の目が、私と桧央の姿を捉えて薄く細められた。
「何事です」
スゥッと冷たくなる弥景の気配に、桧央が私の下でヒッと小さな悲鳴を上げ、私はこのような状況を見られたバツの悪さでふいっと目を逸らす。
「お食事も、まだお済みではないようですが?」
それなのに何故、王妃と使用人が床で戯れているのかって?
言われなくても分かる弥景の気配が、そう問うている。
「はぁっ、これはな…」
また面倒なところを見られたな、と思いながら、私はとりあえず桧央の上から退いてやった。
「み、弥景様っ、これはっ」
私という重しがなくなってすぐ、桧央がバネ仕掛けのように跳ね起きる。
そのまま土下座のように床に平伏してしまいながら身体を震わせる桧央を横目に、私はゆったりと立ち上がった。
「別になんの悪さもしておらぬよ。ただ、私たち2人の話だ」
だから弥景には関係ない、と言い切った私に、弥景の目が疑り深げに向けられる。
「では、桧央にお聞きしましょう」
「っ、そなたな…。それは脅しというものだ」
たちが悪いぞ、と言ってやっても、弥景の顔はピクリとも動かない。
「本当、食えない男だ。ただ、少々私の悪ふざけが過ぎただけの話だ。たまたま桧央が油断していて2人で床に転がった」
ただそれだけだ、と教えてやれば、弥景はなおも疑り深そうな目を向けながらも、ふっ、と冷たく追求の手を緩めた。
「お怪我等もなく、仲がおよろしいのは良いですが…。桧央、馴れ合うのはあまり感心しない」
「っ、はいっ。以後気をつけます!」
ピシリと背筋を伸ばした桧央が、再び土下座のような体勢で頭を下げる。
「まぁいいでしょう」
「ただし、2度目はありませんよ」と引き際にしっかり釘を刺していった弥景に、それでも話はこれで終わったようだった。
「は、っぁ…」
どうにか無罪放免となり、ホッとしたのか、桧央の身体からぐったりと力が抜けるのが足元近くに見える。
「それで、何か用か?」
突然の訪問の理由を問えば、弥景は「はい」と頷きながら、悠牙からの伝言を口にし始めた。
「先程、悠牙様のところに、芸人一座の者たちがやってきまして」
「へぇ?」
「ご挨拶がてら遊びに…と、とても王宮訪問には相応しくないご事由なのですが、悠牙様は快く迎えてしまい…」
「あぁ」
まぁあの男なら、「お〜、よく来たな」なんて両手を広げて、気さくに対応したに違いない。
「それで、お食事が済み次第、彩貴様をその者たちにご紹介されたいと。正式な発表やそれに伴う祝いの舞等はまた即位、立后式の日に催すとのことですが。顔見せくらいは、と悠牙様が」
「なるほどな」
「申し訳ありませんが、そういうお話ですので、お食事が済みましたら、お召し物を整えまして、執務室までお越し下さい」
桧央にも、頼んだぞ、と言いながら、弥景が綺麗に一礼する。
「分かった。常服で構わないな?」
「はい。部屋着でなければ何でも」
「うむ」
では、と言いながら退室していく弥景を見送ったところで、床に平伏していた桧央が、そのままぐったりと床に伸びた。
「はぁぁぁっ、緊張した」
「ふっ、そなたは大袈裟すぎる」
カタンと椅子に戻りながら、私はケラケラと桧央を笑ってしまう。
「なっ、弥景様を前にして、緊張しない人間なんていない」
あんなのどうかしてる!と力説する桧央に、私や悠牙はそうでもないぞと言いたい。
「まぁ、さ。さいき様やゆうが様には、実害はないからさ」
「ふっ、桧央も無事だったではないか」
「それはっ…でも、多分もう少し深く追求されてたら、鞭の半ダースくらいはもらったぞ」
何せ王妃の身体に、必要以上に触れていたんだ、と身体を震わせる桧央に、私はますます可笑しくて笑い声を上げてしまった。
「そんな大袈裟な。しかも私に多少多く触れたくらい」
なんだ、と思いながら、ひょいっとつまみ上げた昼食の料理を口に放り込み、私はいつまでも床に座り込んでいる桧央を見下ろした。
「あんたな…。あんたはもう少し自分の立場の理解と、危機感を持った方がいい」
「危機感?」
「そうだよ。あんたは、ゆうが様の伴侶なんだってこと」
「ふむ…」
よく分からないが、悠牙の妃だということがなんなのだろう。
「はぁっ…本当、おぼこって言うか、経験値ゼロレベルって言うか」
どんだけ初心?と呆れている桧央に、私は首を傾げるしかなかった。
「これじゃぁゆうが様も、気が気じゃないよな。どうせ、独占欲や嫉妬、自分の所有物に他人がベタベタ触れたら気に食わないんだ、って言ったところで、あんたには分かんないんだろうな」
やれやれ、とやけに老生した仕草で肩をすくめながら、ようやく桧央がのそりと床から起き上がった。
「まぁでもさっきは助かったよ」
「何が?」
「弥景様。おれ、あの人の前だと上手く話せなくなるからさ」
「あぁ。あれがドSとやらだからか?」
「そう!それ!本当、滅茶苦茶おっかない」
ドS!苛めっ子!と力説する桧央に、なるほど。きちんと説明されなくても、何となくだが、Sとは何なのかの意味が分かってきたような気がする。
そして、つまり反対がMという意味だと…。
「で、それで私がMとは…。悠牙め」
どこがだ、と思いながら、私は食事を平らげるべく、昼食に専念した。
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