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「なぁ、桧央」
昼食後、テクテクと、桧央を連れて悠牙の執務室へ向かっていた私は、ふと隣を歩く桧央にチラリと視線を流した。
「どうした?」
「いや、な。芸人一座ってさ」
「あぁ、ゆうが様の古巣?」
「やはりそうか」
以前、悠牙の過去を尋ねたときに、悠牙の口から聞いた、悠牙が生まれ育ったところ。
悠牙の母を、騙されるように手放して、きっと前王族をこれでもかというほど憎んでいる者たちがいるだろう場所。
「そなたも存じているのか?」
「えっ?おれ?…うん。おれも世話になっていたからなぁ」
ふふ、と愛おしそうに目を細める桧央の心には何が映っているのか。
その柔らかな表情を見るだけで、一座がどんなところなのかが分かるような気がした。
「良いところなのだな」
「う〜ん?いいところっていうか、あそこはこう、みんな家族みたいなところだからな」
「家族か…」
「うん。みなしごのおれを、養い育ててくれた場所だしな」
「え…?」
いや、今、ケロリと言っていたが、何やらすごいことを暴露してくれていないか?
思わずギョッとして桧央を見れば、その顔は何でもないことのように穏やかに笑っていた。
「桧央…」
「あぁ、そんな悲痛な顔をしてくれなくたっていいって。この国じゃ、よくある普通の話なんだからさ」
「いや…」
はっ?『よくある』『普通の』話だと?
「うん。捨て子。生まれてすぐに捨てるとかさ。まぁ、産んだはいいけど、貧しくて育てられない、なんて、よくある話だろ」
「っ、っ…」
それが、『よくある話』などというこの国は、どれだけ狂っていたのか。
そしてそんな情勢の中、私は何も知らず、何不自由なくのうのうと幼少期を生きていたのか。
「ふっ、元王族のあんたには、想像もつかない世界なのかもしれないけど。まぁ、おれが特別不幸だってことはない。むしろ幸運な方だと思うよ」
「幸運?」
その、生い立ちのどこが…。
「うん。だっておれは、生まれてすぐ捨てられたけどさ。その、路地裏だかどこだかで、泣いているおれの声をたまたま通り掛かった一座の人が聞き止めてくれたらしくて、それで、拾ってもらえたんだから」
「っ、っ…」
だから、この桧央もまた一座で育ち、そして一座の者を『家族』と呼ぶのか。
「本当なら、きっと死んでたおれをさ、拾って育ててくれた場所。ゆうが様はそん中で長男みたいな感じでさ。踊り子の姉さんたちは姉とか母とかで、用心棒や雑用のおっちゃんたちは父とか兄でもあって」
「なるほど」
「兄弟姉妹もたくさんで、大大大家族、みたいなさ。あったかい場所だよ。とてもあったかい…」
「そうか」
ふわりと零される桧央の声には、優しさが揺れていて、桧央にとってそこがどれだけ大切な場所なのかは言わずと知れた。
「仕事や芸に関しては、みんな誰1人として妥協しなくてさ。訓練とか、やるべきことをやらなかったりしたら厳しいけど。だけど、ちゃんとしていたら褒めてくれるし、きちんと認めてくれる。誰かが何か成功したら、みんなして喜んでくれて、お祝いは、それは盛大なんだ」
「そうか」
「本当、色々めちゃくちゃなところもあるし、いつでも騒がしくて、ほんっと落ち着かないところなんだけど…だけど、おれには家族で。ゆうが様も多分、そう思っていたんじゃないかな」
「ふぅん…」
あの爛漫な明るさは、そんな環境で培われたものなのか。
「だから、きっと…」
「うん?」
「多分ゆうが様は、あんたに見てもらいたいんじゃないの?」
「そうだな」
「俺の…おれたちの仲間だぞ、って」
「あぁ」
「そしてみんなにもあんたを見てもらいたい」
「ん…」
きっと、家族だと、そう思う者たちの前に、新しく自分の家族になる者だと、悠牙はそう教えてやりたいのだと思う。
思うのだけど。
「さいき様」
「っ、なんだ」
「多分、おれはあんたの気掛かりも分かるよ」
「っ…」
桧央は、時々、確かに私より年下だというのに、とても大人びて見える。
「怖いか?」
「いや、覚悟はとうに決めている」
「そっか」
この桧央だって、他の民たちも、初めに私に向けてきた視線は、必ず憎しみのこもったそれだった。
何故生きている。何故おまえが悠牙の隣に。
激しく燃えるようなその苛烈な目を、私はいつも向けられてきた。
「私には、それを受け止める責任がある」
そしてその覚悟は、とっくの昔に出来ている。
「さいき様…」
「だけど、悠牙が家族だと…仲間だと、心を許す者たちには、出来ることなら、嫌われずにいたいなぁ」
悠牙様、悠牙様、と悠牙を囲んではしゃぐ声が一瞬で、静まり返り私への敵意に満ちる。
そんな瞬間を想像したら、少しだけ足が竦んだ。
「さいき様…。っ、まぁ、おれが言えたことじゃないんだけどさ!多分、大丈夫だって!」
「桧央…」
「おれも、初めはあんたを憎いと思った。だけどあんたは、そこから逃げなかった。だからおれは…あんたをちゃんと保証するよ。あんたはあの憎い元王族とは違う。あんたはさ、ちゃんと強い」
「桧央」
「おれはあんたを保証する。だから、自信持てよ」
「あぁ。そうだな」
「それに、ゆうが様が選んだんだ。みんなが、その意味に気づかないとは思わないよ」
何せおれの家族だぜ?と得意げに胸を逸らす桧央に、私はふわりと手を伸ばしていた。
「そなたという者は…」
「うわっ、やめろよっ!おいっ、さいき様っ…」
ぐしゃぐしゃ、ぐしゃぐしゃと桧央の髪を掻き混ぜながら、私はケタケタ笑ってしまう。
うっかり零れ落ちてしまいそうな涙を誤魔化しながら、くしゃくしゃ、くしゃくしゃと。
「ちょっ、マジで、あんた…っ」
ガチャッ。
「何を廊下で騒いでいる」
「「っ…」」
不意に、いつの間にやら悠牙の執務室前までたどり着いていたのか、室内から開けられた扉から弥景が顔を出し、桧央の身体が面白いほどに飛び跳ね固まった。
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