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「は〜ぁ、でもさすが彩貴様。うっとりするほどお美しいお貌ですこと」
前王妃様似の、と笑う女性が、さぁさぁ、と私の杯に酒を注ぎ足していく。
「ふふ、こんなお近くで、初めて見ましたわ」
これは悠牙様も堪りませんねぇ、と頬をつついてくれながら、女性はすっかり出来上がっている様子だ。
「おいっ、俺の彩貴に気安く触るな」
「まぁ!お心がお狭いこと」
いやぁね、と言いながら、私をぐいと引き寄せる女性に、私はふらりと体勢を崩してしまう。
「わ、っととと…」
「彩貴っ」
「ふふ、いただきですわ」
慌てて手を伸ばした悠牙から、サッと私を掠め取った女性に、私はすんなりと攫われてしまった。
「にゃろぉ…」
「悠牙様〜っ、飲んでますか〜っ?」
「うわっ。むさいオッサンはお呼びでないよ!」
私を取り戻そうとか、座席から腰を浮かせかけた悠牙が、ここぞとばかりに一座の男衆に囲まれている。
「ふふふ、さぁさぁ彩貴様。殿方は殿方同士放っておいて、こちらは女子会といたしましょう?」
「あ、いや、私は…」
どこをどう見ても男だろうが。
確かに前王妃似の中性的な顔立ちなのは自覚しているが、元『王子』であるのは周知のはず。
「ふふ、細かいことはお気になさらず」
「ほらほら」と注がれる酒が、すでに杯から溢れている。
「いや、おいっ、濡れている!」
「あ〜ららら、いやだわ」
「いや、そなたがしたのだろう?」
はぁっ。酔っ払いというのはいつのときも厄介だ。
ボタボタと溢れる酒から身を避けながら、私は手にまで滴ったそれを啜った。
「ん…」
「彩貴様は、イケる口です?」
「いや、嘗める程度だ」
かつて1度だけ、せんせいに、限界を見極めるためと、飲めるだけ飲まされたことはあるが、それ以来、酔うほどの量を飲んだことはない。
「接待や振る舞いの場で、飲まねばならないことはおありでしょうが、酒に呑まれ、醜態をお晒しになるほどにお飲みになることは決しておありになりませんよう。あなた様の限界はこれです」と、酒瓶やグラスで示された。
「いつのときも気高く上品に」とはよく言われていたせんせいからの言葉だ。
「本当は飲めますのに?」
「正体を失くすほど飲むつもりはない」
もう王子ではないけれど、今度は王妃なのだ。
その責任は同じだ。
「つまりませんわね。何かありましたら、悠牙様がお守りになられてくれますでしょうに」
「ふっ、そうかも知れないが、初めから寄り掛かるつもりで自身の行動を決めたくはない」
私は私に、持てる責任はきちんと持っていたいのだ。
「それを放棄し寄り掛かり、依存し堕落していくのは簡単だ」
「彩貴様…」
「けれどそれをした私は、誰に胸を張れよう?」
私に未来を託して喪われていった命がある。
私に未来を見出して、生かしてくれた人がいる。
「悠牙の心に、私は応えたい…」
この命は、あの男が掬い上げたもの。
私に生かす価値があると、この手を取った悠牙に胸を張らせてあげられる者でありたい。
「まぁ、お顔立ちに似合わずなんて凛々しいお方でしょう」
「悠牙様をきちんとお好きでありますのね」
あぁよかった、と、鈴の音が鳴るようなコロコロとした声がいつの間にか増えていた。
「あなたは…」
確か悠牙が、「桔華」と。
「はい、桔華と申します。悠牙様は…息子のような、弟のような存在ですかね?」
だからあなた様も姉と慕って?と妖艶に笑う桔華が、するりと私の頬に手を添える。
「っ、っ…」
「先ほども、きちんと嫉妬なされていたようですし」
うふふ、と笑う桔華が、ますます艶かしく、私に身体を添え、頬から顎からをスルスルと撫で上げた。
「っ、その、桔華殿…?」
「ねぇ、見て下さいな」
ふふふふ、と、今度は途端に悪戯っぽく笑みをはいた桔華が、向こうの方で男性陣に囲まれている悠牙を示す。
「あの燃えるような嫉妬の目」
「ひっ…」
「まぁまぁ、今度は悠牙様が杯をお投げになる寸前ですわよ?」
おほほほ、と笑う桔華が、さらに悠牙の怒りを煽るかのように、私にツイと顔を寄せてくる。
「クスクス、もしあの杯が飛んで来ましたら、今度は悠牙様のことをお仕置きしてしまいましょうね」
仕返しです、と囁く桔華には、苦笑しか浮かばなかった。
「それはさすがにやめてやれ」
あれでも一応は国王だ。
その威厳や面目は守ってやれ。
「大丈夫、杯からはきちんとお守りいたしますから」
それくらい朝飯前なの、と微笑むこの者たちは一体なんなのか。
「芸人だよな…?」
「ふふ、そうですよ?芸事すべてに秀でていると自負しておりますわ」
「っ…」
つまりは剣術、武術、体術、すべてにおいて…。
「そこらの兵より強いんじゃ…」
「まぁ、一座対親衛部隊でしたら、互角かそれ以上かしらね?」
「いやいやいやいや…」
サラッと怖いことを言うでない。
まぁ、これが悠牙の身内なのだから、恐ろしいやら頼もしいやら。
「彩貴」
「っあ?悠牙?」
む、いつの間に。
先ほどはあんなに離れた向こうにいた悠牙が、気づけばすぐ目の前まで来ていた。
「おまえ、人にイチャイチャベタベタどうのと言いながら、自分こそこいつらに囲まれて何をいい気になっているんだ」
「は?」
いや、私がいつ。
「女に囲まれるのはそんなに嬉しいか。そうか。初心だ、ガキだと思っていたが、一丁前に女を侍らせて」
「っな、悠牙っ?」
「返せ、桔華。これは俺のだ」
「うわっ、とと…」
だから何をそう乱暴に、私を引っ張り立たせるのだ。
パシャンと揺れた杯の中の酒が、周りに飛び散ってしまっている。
「彩貴。おまえは誰のものだ」
「はぁっ?」
そもそも私は「モノ」ではない。
その扱いに、ギッと悠牙を睨みつければ、何故かそれ以上に鋭い視線に見返された。
「は…?」
何故私が睨まれねばならぬ。
訳が分からない私の身体は、またも悠牙にぐいっと引かれ、その腕の中に捕らえられてしまった。
「来い」
「あっ、おいっ、悠牙っ…」
なんなのだ。
この無礼な扱いも、訳のわからぬ状況も。
とにかく桔華たちには申し訳なく思い、そちらの方を見れば、何故かあちらはあちらでニヨニヨと楽しげに笑いながらこちらを見ている。
「ふふ、ちゃんと相思相愛ですのね」
「素敵だわ」
だからっ、何なのだ!
「悠牙っ!」
「ふんっ、おまえは、その身体を他人にベタベタ触らせやがって…」
「はっ?だから、きさまっ?!」
「これはお仕置きが必要だな」
「はぁぁぁっ?私が一体何を!何故!」
理不尽だ。意味不明だ。
どうしたというのだ、この男は。
「分からないのか?」
おまえはグラスを投げたくせに、と言われても…。
「ふっ…」
思ったよりも俺は愛されてて、思ったより俺はおまえを愛してるみたいだ、とは、何の話だ。
「そうか分かった。酔っているのだな」
桧央、水!と叫んだ声は、どこか彼方で、昔馴染みと仲良くワイワイやっているらしい桧央には、残念ながら届かなかった。
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