アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
こんな超能力なんて、いらない。
-
俺は、超能力がある。
スプーンを曲げたり、テレポートしたり、人の心が読めたり、なんてそんな大層なものじゃない。
小さい頃、電話が鳴るのがなんとなくわかった。最初はそんな程度。
俺が、この力を認識したのはとある出来事だった。あまり思い出したくないことだ。
それからというもの俺は少し先の未来、時間でいうとたった5分後の未来が視えるということを知った。
5分先の未来が視えるからなんだっていうんだ。
電話が鳴るのが分かったって仕方ない。
5分後にテストがあると分かっても、たった5分で俺の頭が良くなるわけじゃない。
5分後に事故に遭うと分かっても、助けることなんてできない。
スーパーヒーローじゃない平々凡々の俺が、たった5分後の未来が視える力を授かったって何もできない。
神様は、なんだって俺にこんな力を授けたのか。高校生になった今でもわからない。
「未来(みく)〜、そろそろ起きなさーい」
「はーい」
どうせなら、5分間時間を止められる超能力が良かった。そしたらあと5分はベッドの中にいられるのに。
あぁ、今日は目玉焼きが焦げたようだ。
起き抜けに焦げた目玉焼きを誰が見たいか。俺は見たくない。
5分後の映像は、ふとした時に頭に映る。今見たいと思って視えるものじゃないらしい。大抵は、どうでもいい事で、あとは嬉しくないことばかり。
蜂の巣のようにクシャクシャであろう髪を掻いて俺はようやくベッドから這い出した。
今日から新学期だ。春といってもまだ肌寒い。クリーム色のカーディガンを羽織って、小豆色のネクタイを締める。一年で随分と手慣れたものだ。今なら目を瞑ったってできるよ。
鏡に映った俺は、いつもの俺だ。新学期の初々しさなんて微塵もない。新入生じゃない俺にそんなものは必要ない。
平均より少し低めの身長に、襟足の長い髪。カラーが毛先だけ残ってる。そろそろ切りに行っても良いかもしれない。
そんなことを思いながら、階下に行けば案の定焦げた目玉焼きと対面した。
「未来、髪の毛凄いわよ」
「あとでする」
今日は、夕方から雨らしい。テレビの中のお天気マスコットの『ポメニャン』が傘をさしている。
今日は午前中で終わるから傘はいらないかな。
5分後に雨が降るとわかってもその時持っていなかったら何の意味もない。ほら、無意味な力だろう。
「にがっ」
「ごめんね、ちょっと焦がしちゃって」
ちょっとどころじゃないけど、母さんのおっちょこちょいは今に始まったことじゃない。「べつに」とそっけなく返して、むぐむぐと食べた。
口直しにと置かれたチョコレートをデザートにスマホをポチポチすれば、流(ながれ)からLINEがきていた。
一緒に行こうという誘いに、「了解」というポメニャンのスタンプを返してポッケにしまう。あいつのことだからすぐに家に来るだろう。未来なんて視なくたってわかる。
「あら、まだコーヒーあるわよ?」
「流が来るから」
「あら、じゃあ急がなきゃ」
俺の親にまでそそっかしい認定されている流。苦笑して、洗面所に向かった。
この蜂の巣をなんとかしなければ。父さん似の猫っ毛はすぐにクシャクシャになる。流がこの細くて柔らかい髪が気に入っているから、整髪剤はつけない。ヘアオイルをちょこっと手にとって、全体に馴染ませたあとドライヤーとブラシで整えれば完成だ。ヘアオイルにも気を付けなければならいない。つけ過ぎると脂でぎっとりしたサラリーマン風になってしまうからだ。
「未来ー、流くん来たわよー」
「今行くー!」
流は幼馴染だ。二軒隣に住んでいる。ちっちゃい頃から活発な幼馴染にくっついて回って遊んでた俺は、今でも流にぴったりべったりだ。
「よっす」
「おはよ」
当たり前のようにリビングでバナナをくわえている流にじっとりした視線を送る。人ん家で我が物顔でバナナを食うな。
バナナを頬張ってるチャラついた男が俺の幼馴染。春だからとピンク系の髪色に染めた流は一層チャラ男度が上がった。
ただの猿なのに、ニカッと白い歯を見せて笑う顔はイケメンだからずりぃ。
「おばさん、このバナナ美味いっすね」
母さん、頬染めながら「もう一本食べる?」なんて言わなくていいから。差し出したバナナを奪って、早くしろと顎で示せば「やれやれ」なんて言われた。解せぬ。
「あ、お前傘持った?」
「ん?夕方からだってポメニャンが言ってた」
「未来、お前そろそろ自分が雨男だって自覚しろ」
悩ましい顔でポンッと肩に手を置かれた。
ドキッと胸が高鳴る。
超能力者の自覚はあるが、そんな天候を操る男になった覚えはない。
「おばさん、折り畳み持たせてやってよ」
「はいはい」
「今年の新入生は可哀想だな、お前が雨男なばっかりに」
わざとらしく肩を落としてみせた流に肩パンしてやった。身長差の所為で「いてえ」なんて腕をさする姿に舌打ちする。
「ほら、未来。折りたたみ」
唇を尖らせたまま受け取って「一応だからな」と釘を刺してリュックにしまった。
「お天気ポメニャンよりも、流くんの天気予報の方が助かるわぁ」
「どもっす」
へらっと笑う流のブレザーを引っ張って玄関に向かう。まったく、顔が良いもんだから母さんは流に甘いんだ。
「なぁ、今日昼飯食って帰ろうぜ」
「え、流、今日部活は?」
「休み。先生たちも今日は忙しいみたいでさ」
嬉しい。
自分の顔が緩んでいくのがわかる。
流は、帰宅部の俺と違って普段は部活で忙しいから全然遊べないんだ。
今日だって、一緒の登校はほんとに久しぶりで。
「へへっ」
「あら、良かったわ。母さんも今日お友達とランチの予定だったから」
母さんに見送られて、俺たちは学校へと向かった。
流の言った通り、外に出ると空はどんよりしていた。せっかくの新学期だというのに、なんだか勿体ない。確かに、新入生が可哀想かも。
「ふらふら歩くなよ」
空を見上げたまま歩いていたのが危なっかしかったのか、手を引かれてそのまま歩道側に追いやられた。
「流が紳士だ」
「俺はいつだって紳士だ」
「紳士って言葉知ってる?」
「どういう意味だ、こら」
ヘッドロックされて、「ギブギブ」と腕を叩く。
知ってるし、流が紳士だってことくらい。
チラッと見上げた流の米神には薄らと傷痕がある。目を凝らさないとわからない程度だけど、そこに傷があると知っている俺には嫌でも目につく。
俺のせいでついた傷だ。
俺が、知ってたのに、分かってたのに、護れなかった証だ。
「流……」
「んー?」
スマホに視線を落としてる流は、少しも気付いてない。
俺が超能力者だってことも、俺が、お前を好きだってことも。
「ファミレスとファストフードどっちにする?」
「おっ、新学期だしファミレスでパアッとやるか?」
どんよりした空なんて霧散するような春色を纏った流の笑顔は、桜並木よりも美しかった。
学校は、灰色の空模様にも関わらずソワソワしていた雰囲気に包まれていた。新入生はもちろん、在学生もどこか浮き足立っている。
春だなぁ。
クラス替えがないのが嬉しいや。
この高校は、入学後めったなことがない限り三年間同じクラスだ。入学式で流と同じクラスに自分の名前が並んでいることにガッツポーズしたのは言うまでもない。
「未来、ぼけっとしてると新入生に埋もれるぞ」
「埋もれねえし!」
自分がにょきにょき伸びたからって俺を低身長扱いするな。俺は日本男子高校生の平均だ!
新しい教室についてもクラスメイトに変わりはないから、意外とフワフワしてた気持ちは呆気なく落ち着いた。
席は、とりあえず今まで通りらしい。
流と隣の席だから、このままで良い。席替え断固拒否。
一人で意気込んでいると流の後ろの席から声が掛かった。流と同じ部活の羽間(はざま)だ。
「おはよ〜」
「おはよ」
「おーす」
「流、部長が昼ミーティングするってよ」
「え!?」
「え、なんで立花が驚く?」
「え、あ、その」
勢い良く反応した俺に、羽間がちょっとのけぞった。目を丸くして俺を見ている。
「まじかー、未来と昼飯行く約束してたんだよ」
「あー、なるほど。まぁ、でもそんな長くなんねぇと思うよ。先輩たちも今日ぐらい早く帰りたいだろ」
「……未来、待っててくれる?」
眉尻を下げながら俺を見下ろす流に「うん!」と食い気味に頷けば、流は「そっか」と嬉しそうにはにかんだ。
「俺、図書室行ってるな」
「でたな、図書怪人M!」
「そのネタやめろや」
周りの席の奴らにも笑われた。
小・中学校と図書室の本をほぼ読破した俺につけられたあだ名だ。
今日は、良い日だ。
目玉焼きは焦げてたけど、久しぶりに流と一緒に登校できた。学校が終われば遊びにも行ける。
ーーー予鈴を知らせるチャイムが鳴った。
「ぇ」
「未来?」
春風のようにポカポカしていた気持ちが、潮のように引いていく。指先まで体温を奪っていったそれはーーー絶望のチャイムだった。
「おーい、お前ら予鈴鳴ったぞー。席つけー」
「あれ?先生も一緒なの?」
「おまえ、春休み前に言ったの聞いてなかったな」
「なんだー、ざんねーん」
鼓膜に水膜が覆ったように、先生と生徒の会話が遠くに聴こえる。
「いーから座れー。転校生、紹介するぞー」
どっと湧き上がるクラスに、俺は絶望した。
震える唇に、小さく歯が鳴った。今にも脱力して膝が折れてしまいそうだ。
あぁ、お願いだ。嘘だと言ってくれ。
「未来?どうした?顔色悪いぞ?」
心配そうに覗き込んでくる流の瞳に映る俺の顔は、酷く滑稽だった。
「なんも……大丈夫だから」
逃げるように顔を逸らして、席に座った。膝が震えて立っていられなかった。
机の下で、冷たくなった指をぐっと握る。
俺は、5分後の未来が視える超能力者だ。
俺は、流が、大好きなあいつが、5分後、恋に落ちる瞬間を視た。
あぁ、ほら、やっぱり。
こんな力、大嫌いだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 2