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葉桜。緑が増えてきたなと思えばあっという間に穏やかな季節になった。暑いほどでもなくワイシャツにセーターが丁度いい。昼寝にも最適な陽気である。
ぽやぽやと頬杖をついていれば、ふと賑やかな声がした。気怠気に目蓋を持ち上げる。
あぁ、今日も君の世界は眩しい。
「おーい、藤(ふじ)。昼飯、食わないのか?」
「食うし」
前の席の女子が立つとタイミング良くやってきた友人。「席借りるなー」と女子に声を掛ければ楽しそうに二言三言。おれの隣の空席もずりずりと引っ張ってきてランチタイムの準備である。
「おいー、起きてっか?」
「起きてっし」
「なぁ、お前ルミリアの鉱石集めってできた?」
「あー、できたよ」
「まじか!?俺どうしてもSレアが見つかんなくてよー」
でかい弁当箱を広げて、さらにビニール袋からパンがひーふーみー。大食らいのこいつは、バスケ部の菖蒲(しょうぶ)だ。でかい体に短い黒髪、なのにゲーマー。まぁ、だからつるんでるんだけど。
おれは、普通サイズの弁当箱を広げた。デザートにみかんが乗っかっている。いただきますと手を合わせたところで、もう一人やってきた。隣の席の柊(ひいらぎ)だ。
「売店めっちゃ混んでた」
「だろうな。今日は混むだろ。だと思ってコンビニで買ってきた」
菖蒲の白米がもう半分なくなってる。じゃっかん引きつつ自分の弁当箱に手をつけ始める。おっ、今日は卵焼き入ってるじゃん。
「だって、水曜限定のコロッケパン食べたいじゃん?」
「あぁ、今日コロッケパンの日か」
うちの購買は曜日によって目玉商品パンがある。菖蒲は、こう見えて甘いもの好きなのでフルーツサンドの日にはチャイムが鳴る前に一人クラウチングポーズに入ってる。ずらりと並んだ菓子パンも甘い系だ。それで太らないのは毎日バスケでカロリー消費されてるからだろう。
「藤、今日みかんじゃん」
「うん、なんか祖母ちゃんちからダンボールで送られてきたって」
「ダンボール。おれも今日はみかんゼリー買ってきた」
小ぶりなみかんより、みかんゼリーのが羨ましい。「交換……」と言いかけて「やだ」と断られた。四角い眼鏡の奥がいい笑顔である。
「昨日の深夜アニメ観た?」
「爆睡中だわ。休みん日にまとめ観する」
「じゃあネタバレだめか」
「ダメ絶対」
箸でばってんを作った菖蒲の弁当箱は空っぽだった。
「藤は?」
「観た。エンディング神だった」
「わかりみ〜」
「誰の歌?」
「某声優」
「あー、最近毎週声優毎のキャラソン流行ってるよな」
「特に昨日のは藤の最推しだったもんなー」
「うん、孕むかと思った」
そっとお腹を押さえてみれば、菖蒲がゲラゲラ笑った。
「藤の弁当箱今日もタコさんウィンナーじゃん」
柊が目敏く気付いた。ぎくっとなってパクッと食べる。証拠隠滅だ。
「妹が最近ハマってるんだって。だからって男子高校生の弁当箱にタコさんウィンナーはやめて欲しい。切に」
「いいじゃん、てか藤は食細すぎっしょ。弁当箱ちっさ。女子かよ」
「菖蒲は食い過ぎだ。甘いもんばっか」
「俺は日々運動してるからいーの」
「糖尿病予備軍が。おつ」
食後のみかんを一欠片ずつ食べてるとクラスメイトの男子数人がやってきた。明るい髪に、ピアス。悪い奴らじゃないけど、隠キャラのおれたちとはグループ系統が月とすっぽん並みにかけ離れている。ちなみに、おれは白いへたを綺麗に剥がす派だ。
「菖蒲ー、俺らバスケやりに行くんだけどお前も来いよー」
「ほぉ、本職に挑もうとは良い心意気だな」
菖蒲は半分残った揚げパンを一口で頬張った。げっ、最後の一口でかっ。
昼休みをどうやら体育館でバスケして過ごすらしい会話を他所に、白いへたを取りながらみかんを食べてると一人よそよそと寄ってきた。
「あ」
パカッと口を開けて主張している。
え、食わせろと?
みかんとそいつの口を交互に見比べて迷ってると、早くしろと肩に腕を回された。
ひえっ。
心の中で悲鳴が上がる。
「ひ、ひとつだけだかんな」
開けた口に恐る恐るみかんを持ってけば、パクリと食べられた。指まで。
「おい!」
「うまっ。あまっ。もういっこ」
「いっこって言っただろ!」
「けち」
「うっせ」
残った半分をパクッと口の中へと放った。膨らんだほっぺたを、突っついてくるこいつ。明るい髪の中で一人浮く黒髪。さらりと風に靡く前髪の奥には、少しだけ色素の薄い茶色い目がある。おれは癖っ毛だから羨ましいと言えば、「猫っ毛、かわいーね」なんて笑うこいつの笑顔のが百億万倍可愛い、こいつ。
「桜ー、行くぞー」
桜 晴音(さくら はるの)。
綺麗な顔。少し気怠げ。勉強は中の上。体育は基本やる気ないけど、運動神経は悪くない。さらさらした指通りの良さそうな黒髪が肩でそよそよと揺れて、覗く耳にはピアスが太陽の光に反射して煌めいている。つまるところモテる奴だ。
「藤も行くっしょ?」
「え」
覗き込むように顔を近づけられて、ちょっと顔を背ける。綺麗な顔が眩しすぎる。
「えっと、柊は?」
「俺はパス」
「じゃねぇよ。来い、元バスケ部」
スマホゲームを始めていた柊を菖蒲が引きずって行った。
「柊って、バスケ部だったんだ」
「小中でやってたって」
二人が行くなら仕方ない。お弁当箱を鞄にしまって立ち上がる。待っていてくれた桜の隣に並んでぞろぞろ歩く最後尾にくっついて行く。移動の間にスマホゲームのイベント作業をぽちぽち。
「ふーん。それ何してんの?」
「ちょうちょ集めてる」
「楽しい?」
「んー、楽しいっていうか。作業?だし」
「ふーん」
「なんだよ」
「ふーん」ばかり言う桜に、スマホから顔を挙げて見れば、予想よりも物言いたげな目で見られていた。
「な、なんだよ」
「べっつにー」
別にじゃないだろ。溜息を吐いてスマホをポッケにしまう。
「ちょうちょ、いいの?」
「いい」
「ふーん」
さっきよりも機嫌良さげな「ふーん」にちょろい奴だなんて思う。
「なんでバスケ?」
体育館へと続く渡り廊下。中庭では木々の傍でお弁当を囲んで楽しそうに笑う女子生徒。その向こうでは男子がバドミントンしている。長閑な昼休みだ。
「あー、俺らたまにバスケしてる」
「そうなんだ。この前はサッカーしてたよな」
「見てたんだ」
ニヤリと悪戯に笑いかけてくる桜に、唇を尖らせてそっぽむく。
「たまたま。校庭見たら、桜たちがいただけ」
「そっか」
嬉しそうに笑う桜に、俺もなんだか嬉しくなってちょっとだけ笑った。
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