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恐る恐る、といった体で久米は玄関の中ほどまで進んでいった。…玄関は驚くほど広く、また景色が荘厳だった。床を構築する木目の板一つ一つが照明に輝いて、その上には塵一つ見つけられない。掃除が行き届いているのだ。
久米は引き続き怯えまくりながら、一歩一歩踏み出していく。靴を履いていてもわかる。靴の裏が、スケートリンクかと見紛うほどすべすべする。ピカピカに磨き上げられた廊下は、そんな滑稽な久米の姿を床の上に鮮明に映し出す。久米は目を瞠る。…床は、ここまで美しくなるのか、と衝撃を受けさえした。
「…お客様??」
久米は驚愕した。肩を揺らし、威嚇するネコ顔負けの厳つい表情で久米は振り返る。そこには…プラム色の着物を身に着けた、ほっそりとした二十代前半と見られる女性が佇んでいた。久米が床に気をとられている間に従業員用の出入口から姿を現したのだろうか。申し訳ありません、と女性は隙の無い動きで大仰に肩を竦めた久米へと一礼してみせる。
「驚かせてしまったようですね。私、当旅館の仲居をやっております、朝比奈と申します。」
いらっしゃいませ、と挨拶をして、朝比奈はふっと久米に微笑みを向けた。
「ご宿泊のお客様、でしょうか??」
「あ、はい!!すっ、すいません…!!声もかけずに…。」
久米はペコペコと朝比奈に頭を下げながら、羞恥心でいっぱいになった。久米は落ち着きなく左右の手を胸の前で擦り合わせて、もじもじした。
「…あの、ごめんなさい。その、こういうところに来るのは久々で…。」
朝比奈はやんわりとした微笑みを崩さず、片手で玄関の隅…カウンターの場所を示す。
「大丈夫ですよ。…では、あちらで宿泊者名簿を書いていただいてよろしいでしょうか??あと、お荷物もお預かりいたしますね。」
「あっ、あっ、…ありがとうございます!!」
久米はあたふたと背負ったリュックを外しにかかる…。
朝比奈に案内された先は、客室だった。入ってすぐに靴を脱ぐ玄関のような場所…朝比奈に訊くとここは踏込というそうである。踏込で靴を脱ぎ、六畳ほどの部屋…ここを仲居は前室と呼んでいた。素朴な部屋を通り過ぎて、次の襖を片側に開くと、八畳ほど大きな部屋。部屋の真ん中、照明の下には漆の卓上が置かれていた。テーブルの中央には、この地方の特産品と思われる茶菓子が愛らしい薄桃色の包装紙に包まれて籐の籠にたくさん詰まっていた。テーブルを挟みこむように木の色が目に優しい椅子が左右に添えられている。天井からは、引っ張って明かりの強弱を変える四角い電灯が下がっている。右手に目をやれば、床の間がある。床の間の掛け軸は鮮やかな風景画が描かれている。下方を見れば、菖蒲が見事に描かれた壺がどんと据えられている。床の間の隣には、サイドテーブルとテレビ、ロビーに通じるだろう電話があり、足元のテーブルを見れば隅っこにちょんと黒いテレビリモコンが座していた。…一方で、左に首を巡らせれば、壁が広がるばかりだ。
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