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『久米君、今いいかしら??』
先頭に立つ弁当屋の妻は160あるかないかの低身長な上にふくよかだ。優しそうな丸顔に赤と白のチェックの頭巾とエプロンが似合う。横幅が大きめの彼女は、更衣室ではとても窮屈そうだった。
『あ、はい。いいですよ。』
妻の背後、一歩奥でニヤニヤしている夫は紺色と白のチェックの頭巾とエプロンを着ている。夫は180を超える長身だが、骨と皮だけの容姿に不安が過ぎる。妻と同じ屋根の下で暮らしているはずだが、きちんと食べているのだろうか。
『久米君、私達の店で働きだして三年、ずっと長いお休みをとっていないじゃない。』
『ああ、いえ。…僕はそんな…。特に趣味とかもありませんし。』
ダメよ、若いんだから、と妻がぽよぽよした片頬に手を添えて、ふふっと笑う。母性溢れる弁当屋の妻の笑顔が、久米はちょっぴり好きだった。
『そうだぞ、せっかく若いんだからな。』
外見とは裏腹に、野太いだみ声を発する店主。両手を腰にあて、胸を張る姿自体は格好いいはずだが、店主がやると何故か滑稽に見えた。
『ここらで羽を伸ばしてきなさいな。』
妻が久米に差し出したのは、一枚のチケットだった。“〇〇旅館宿泊券”と書かれている。久米は静かに目を剥く。
『…これ。』
驚愕する久米を横目に、妻は片手をぶんぶん上下に振りながら喋りだす。
『商店街の福引で運良く当たってね~…。久米君にいいかなって。あたしも行こうかと思ったんだけど、それ一人用で。夫婦で行けない上にちょっと調べてみたら、その〇〇旅館、裏手の山で十年以上前に人が大勢死んだって言うじゃない??不気味で…。』
そこで夫が妻の肩に手を置き、顔を横に振ってやれやれという風に一言。
『お、お前な…。』
どうやら、妻が福引で当てた宿泊券がいわくありげな場所で、使わないのももったいないという話で久米に御鉢が回ってきたらしかった。久米は微苦笑しながら、チケットに手を伸ばす。
『…大丈夫ですよ、僕行きますから。』
妻はにっこりと微笑む。…いわくつきのチケットがはけて嬉しいのもあるのかもしれないが。
『そう??なんか、ごめんなさいね。』
『いえいえ。』
妻が両手で端を持っているチケットに、久米が右手を伸ばす。チケットの端を掴んだ、刹那。
久米の右手首を、ひんやりとした手が掴んだ。人の手…ではなく、それは手の骨だった。剥き出しの手の骨が、久米の右手首を掴んで離さない。
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