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「…キチョーなご意見、ありがとうございました。ごちそうさまでした。」
「はあ…。」
水井は回れ右すると、絶望が原因の足でよろけつつも、待合室を去っていった。待合室に一人残った久米は、自分の手を見る。
ガタガタと小刻みに震える手には、びっしりと冷や汗が浮かんでいる。手のひらの眺めながら、久米は小声で唱える。
「大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫…。」
久米の声が、一人しかいない待合室にやけに大きく響いて聞こえた…。
久米が自分の部屋に戻ると、さらりと新鮮な空気に迎え入れられた。…何だか、酷く久しぶりに客室に戻ってきた気がする。
客室のテーブルには、すでに食事の用意が進んでいた。和菓子の包装紙は消え、小皿や醤油皿の類が並べられている。仲居の一人がお盆を手に部屋にやって来たので、頃合いだと思い、夕食をお願いした。
それからは、腕いっぱいではないかと見紛うような茶色い木の盆を持ってくる仲居がやって来ては料理皿を置くとたちまちに去っていく。あっという間に、客室のテーブルの上には夕食の料理がぎっしりと並べられた。
料理皿はまるで芸術家が仕上げたキャンバスのようだった。一皿一皿、見ごたえがある。温かい料理はうっすらと湯気が立ち上っている。冷たい料理も、趣向を凝らした盛り付けをしていた。久米がテーブルの前にいるだけで、涎が止まらなくなるいい匂いがした。
山の山菜を使った前菜、近くの漁港でとれるという新鮮な魚の刺身、からりと揚がった天ぷら盛り合わせに茶わん蒸し、専用の器具に火を入れ、その場でぐつぐつ煮込む小鍋…。挙げればきりがない料理が続々とある。
全部食べられるだろうか、と思いつつ、朝比奈が食事を運び終えたと伝えに来た。久米はその旨を了承し、朝比奈を返した後で、箸を手に取りつつ一言零す。
「…お皿もメニューも、十年前とはやっぱり違うんだな。」
手を合わせて、行儀よくいただきますを言う久米だった。
前菜はそれぞれの素材の味がよく出ていて、卑しいが少ししかないのが惜しいくらいだった。刺身は身が詰まっていて、脂もたっぷり乗っていた。天ぷらは熱々な上にさくさくとした食感がたまらず、口の中でほろほろと崩れていった。木製スプーンで一口掬った茶わん蒸しは、舌の上にのせるとふんわりと蕩け…。鍋用器具の火が消え、鍋にありつく頃にはすっかり久米の腹は膨れていた。
それでも美味しい上に腹の中にどんどん収まってしまうのだから、旅館の食事というものは神秘に満ちている。粗方食べ終え、もう限界と畳の上に寝転ぶ頃には久米の浴衣は腹部の布地がやや張っていた。
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