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「…凄い。」
人が整備している土地に、自然の雪という猛威が降りしきる。池はそのままの表情で凍てつき、鏡の如く空の景色を映し出している。石灯籠は八割方雪に埋まってしまい、これほどまでに人の文化は自然によって芥子粒の如く扱われる事実を体現しているかのようだった。青々とした生命力溢れる緑の芝生も、冬を彷彿とさせるような細々とした枯れ木も、汚れなき無垢な雪に埋もれ、今や見る影もない。まるで、退廃しきって人の文化が消し去られた後の世界を見せられているかのようだった。…全てが、圧倒的な白で塗りつぶされた世界。
久米の知る幾つもの言霊が、頭の中で消失してしまうほど雪は悍ましくも美しかった。
「…征久。」
湯飲みを持つ久米の手に、年上の男の手が重ねられる。久米は一瞬相手を見て…湯飲みを卓上に戻してから、自身の膝上に置いてきぼりにされた相手の片腕をとった。
「香…。」
二人は互いに身体を伸ばし…そっと空中で口づける。二度目のキスを大井が試みた時、年下の男はそっと手を伸ばし、誘いを断った。
「…どうして??」
大井の澄んだ瞳が、年下の男の胸の内を酷く掻き乱す。はぁ、と短い息を吐いてから、久米は唇を開いた。
「…香。僕の話を、聞いてもらえますか。」
久米がずっと忘れたかった、誰かに引き受けてもらいたかった話。雪のように日の光で溶けず、いつまでも胸の内で燻り続ける苦い記憶。
「もちろんだとも。」
大井が力強く頷きを返す。久米は、ついと目を眇めた。…この人ならきっと、話を聞き届けてくれる、そんな妙な確信が久米にはあった。
「一週間前にこの旅館の裏山で見つかった、白骨死体の話は知っていますか??」
久米の問いかけに、年上の男は力強く頷いてみせる。相手の動作を見届けて、久米は口を開く。
「あの白骨死体の正体は、十年前にこの旅館を訪れて失踪した箱根烈(ハコネ レツ)という人物です。」
え…、という大井の不安げな呟きを耳に、年下の男は窓の向こうに目をやりながら、告げた。
「…十年前の冬、僕はこの旅館の裏山で箱根烈という男を殺しました。」
久米は、この十年間封をして決して誰にも聞かせなかった話を訥々と語りだした。
「僕の旧姓は永嶋といいます。永嶋征久。…どうして名前が変わったかは、後で説明させてもらいます。僕の家は、代々医者の家系でした。そのせいか…。自慢にしか聞こえないかもしれませんが、僕は幼少の頃から困った覚えがとんとないんです。いつも欲しいものは何でも親から与えられて、裕福な家に友達を数人引き連れて門限になるまでずっと遊んでいました。…今思えば、あの頃の僕は当時流行っていた玩具を多く持っていたりだとか家のおやつがケーキや最新のスイーツだとかで、周りに大勢いた友達はきっとそちらが目当てだったんじゃないかと思います。」
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