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「…僕、何だか急に怖くなって。また箱根さんに声をかけに行きました。同じ旅館に泊っている人だし、少しは探すのに協力してくれるんじゃないかって淡い期待があって。…だけれど、駄目でした。箱根さん、全然こっちの言うことに耳を貸してくれなくって…。自分の探し物に夢中なんです。僕、もう頭にきて。叫んだんです。『佐藤さんの身に何かあったらどうするんです』って…。そしたら…。」
久米は言葉に詰まり、テーブルに湯飲みを戻して、さっと右の親指と人差し指で眉間を揉んだ。…目頭が、どうしようもなく熱かった。
「『うるせえ、死にたがりに割いている時間はねぇ』って突き飛ばされてしまって。僕は、地面に転がりました。僕はその時、箱根さんに自分の命を見捨てられたような気がしました。…突き飛ばされた先だって、雪があったからよかったものの、なければ大怪我をしていたかもしれない。僕はカッとなって…。」
久米は自身を掻き抱くかの如く左右の手で交互の二の腕を掴み、肩を震わせたながら啜り泣いた。
「突き飛ばされた先の地面…。僕の手元に、大きな石がありました。両手で抱えないと持ち上げられそうにないような、大きくて重い石でした。僕は…っ」
泣きじゃくる久米に、年上の男は相手の肩に手を置き、柔らかな声をかけた。
「…もういい。無理に話さなくていいんだ。」
「いいえっ!!僕はこの話を最後まであなたに聞き届けて欲しいんだっ!!」
激しく頭を振った久米の膝元、浴衣の布地にぽとりと一滴の涙が落ちて…水玉の小さな染みになって消えていく。
「僕はこんな奴は気を失ってしまえと思って、箱根の後ろ頭に石を振り翳しました。その時です。…気配を察したんでしょう。箱根が振り向いて、大きく目を見開きました。たったそれだけの反応で、僕は…彼が生きているんだと、揺るぎない事実を悟りました。重い衝撃を受けたとでもいうべきでしょうか。自分が一体何をしでかそうとしているか、察してしまったのです。…ですが、身体は急に止まれなかった。やってはいけないとわかっていたのに、腕の力がぐんぐん抜けていって…。あの大きくて重たい石が、振り下ろされて…っ!!」
生気のない双眸で、俯きがちの久米はか弱い声で続ける。
「どさっという、重い音が自分の足元でしたところで、我に返りました。目の前で仰向けに倒れている箱根の身体がありました。頭から、どんどん真っ赤な血が雪の上に広がっていって…。大きくて丸い血溜まりを見て、僕は確信しました。僕はこの手で、箱根烈を殺してしまったのだと。」
僕は矮小な人間です、と久米は乾いた口を動かし続けた。
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