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「…ずっと、逃げっぱなしの人生だった…!!」
周囲に同調しようとして痛い目を見て、親から事実から目を背けた。自殺しようと到着した旅館の裏山で、人を手にかけてしまった。十年間、罪から逃れようと無駄に足掻き続け、悪夢からも目を逸らし続けた。
「…だけど、自分の死に場所くらい、自分で決めたい…っ」
あの岩壁の端で座り込んだまま凍り付いて死んだ久米を見たら、あの男は…箱根は何というだろう。ざまあみろ、と冷酷に吐き捨てるのだろうか。
どれくらい時間が経過しただろうか。吹雪は予想通り強まり、久米の視界は良好と言い難い。
久米はやっとの思いで、岩壁の先端に佇んでいた。自分が決めた死に場所に辿り着くというささやかな願いは叶ったが、久米の全身はすでに凍死を目前にしていた。
膝丈まで埋まった足元の皮膚は真っ赤に腫れあがり、少し身じろぎするだけで鈍痛が走った。歯の根は合わず、忙しなく擦り合わせて温めていた両手の指もすでに氷柱の如く冷たい。極寒の中、全身の筋肉は収縮しきり、身体の動きはぎこちなくなっていた。
無論、崖の上にもそれなりに雪が積もっている。少し身じろいで足踏みする度に、ずぼ、ずぼと雪を踏み抜いて出来た穴から足が抜ける音がした。
「さむい…。」
意識していないと、口が勝手に開いて文句を吐き出した。
「さむい、さむいよぉ…っ!!」
久米の涙が頬を伝うが、雫は顎まで滴らずに凍り付いた。
氷点下の外気に晒され続けたからか。人間の身体の仕組みなのか。久米は自身の熱をしっかりと感じ取っていた。寒ければ寒いほど、燃える体温。だが、久米の内なる熱もまた、消えるのを自覚してか、一層強く燃え盛っていく。
「はぁ…っ、はぁ…っ!!」
吐くと瞬時に真っ白になる息の範囲が、段々と狭まっているように思えた。きっと死が近いのだ、久米は半分しか開かない視界でぼうっと考える。…眠い。猛烈に眠い…。
死の淵に佇む男さえも、吹雪は容赦なく襲い来る。風に乗って激しく久米の身を打つ白く小さな欠片は、残酷なまでに美しく、非情だ。
半分麻痺しきったような意識の中、久米はぼんやりと考える。一体この雪という存在は、冬がくる度、幾つもの生物の命を残忍に奪っていったのだろう。積もった重さで身体を押し潰し、住処を破壊し、どれだけ傷つけてきたのだろう。身動きの出来ない生物を、優しく包み込むフリをして、じわじわとだが着実に温もりを奪い、幾つの命を冥府に送っていったのか。
久米は、自身の思い出を振り返る。旅館の温泉で眺めた降り始めのふわりふわりと羽根の如く舞い落ちてくる安らかな雪。箱根と激しく肌を合わせながら見つめた、荒くれる吹雪も…。外とガラス一枚で隔てた温かい室内から見ただけでは決してわからない、雪や氷の脅威を目の当たりにする。甘く見ていた。こんな短時間で、嬲られるように体内の熱を奪われ、身体の内側に氷が巣食う。足場は凍てつき、転倒する危険がはるかに高まる。打ちどころが悪いだけで、人は簡単に息を引き取ってしまう。
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