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2.契約Ⅰ
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雲嵐はそれから毎日憂炎に何かしらの要求をしてきた。
炊事、洗濯、掃除、畑仕事。初めはその程度の事だったが、雲嵐の要求は次第に難易度を増していった。
彼の住処の外に出て森の中で狩りをしたり、珍しい茸を探したり。朝から晩まで働かされて、疲れて家に帰ると雲嵐は先に寝ている。
正直何度も彼を殴りたくなる衝動に駆られたが、自分の望みの為と言い聞かせて耐え抜いてきた。しかし宮廷暮らしで元々そう言った雑用に慣れていない所為もあり、憂炎の身体は限界を迎えつつあった。
「憂炎ー。今日は薬草を採ってきて貰うから」
あくびをしながら憂炎が炊事場で朝餉の粥を作っていると、後ろからひょこりと雲嵐が顔を出した。
「んー?」と声を漏らしながら、眠気の残る瞳を彼に向ける。思えばこの綺麗な顔も、皮肉のこもった話し方も、ここ十数日で随分と慣れてしまった。
「薬草? 三日前に採りに行っただろ?」
「違うよ。今日は別のやつ。すっごく珍しい薬草だから探すの大変だと思うけど、頑張ってねー」
雲嵐は他人事のように笑った。これ以上ない程のその笑顔が無性に苛立つ。
「……わかった。それでおまえは? 今日も家にいるのか?」
「当たり前。やって欲しいことは君がしてくれるし。別に、嫌ならいつでも逃げ出して良いんだよ?」
雲嵐はそう言い残して炊事場を出て行く。
「……はぁ」
憂炎は粥を皿に取り分けながらため息をついた。
要求の難易度が上がった辺りから、雲嵐はことあるごとに彼を魄にする事を諦めるよう促してくるようになった。
きっと雲嵐は初めから魄になるつもりなどないのだろう。適当に無理難題を押しつけて、できないからと諦めさせるつもりだったに違いない。けれど憂炎も、今更諦める訳にはいかないのだ。
「ここまで来たら、こいつが出す要求をすべてこなして、逆に認めさせてやるしかないか……」
ぼそりと独り言を呟いて、取り分けた粥の椀に用意していた匙を添えて居間へと繋がる扉をくぐった。
入ってすぐに下足所があり、そこで靴を脱いで裸足で木の板の上に上がる。本棚と薬棚に囲まれた狭い部屋の中心にある机の前には、既に雲嵐が正座をして待っていた。
「ほら、朝餉ができたぞ。今日は鳥と青菜の粥だ」
彼の前に椀を置くと、にこりと彼が微笑みこちらを見る。
「ありがとう。鳥は昨日捕ってきたやつ?」
「そうだ。昨日の夜に出汁をとっておいたんだ。お前が寝た後にな」
口にした皮肉も雲嵐に「そう」と華麗に流された。憂炎はため息をついて雲嵐の正面にどさりと腰を落とす。この霊獣と過ごしてから、随分とため息の数が増えた気がする。
「じゃあ、いただきます」
彼は丁寧に手を合わせてから出された粥を口に運んだ。
「今日もおいしい。君は始めの頃に比べて随分料理がうまくなったよね」
「それは、誰かが不味いと言って、何度も作り直しをさせるからだろう。仮にも皇帝の息子の俺が、まともに料理をした事があると思ったか?」
「んー。でも今はこうやって上手くなってる訳だし。才能はあったんじゃない?」
美味しいと言いながら、雲嵐は憂炎の目の前で次々と粥を口に運ぶ。純粋な褒め言葉が彼の口から出てくると、なんだか背中がむず痒い。
憂炎が雲嵐から視線を逸らしてちまちまと粥を食べているうちに、彼はあっという間に食べ終わってしまった。
「ふぅ。美味しかったよ。ごちそうさま」
「早いな。まだ少し残っているが食べるか?」
「それはお昼に取っておくよ。それより、探してきて貰う薬草のことを話さなきゃ」
雲嵐は席を立ち、部屋の端にある本棚へと向かう。その間に、憂炎は残りの粥を一気に掻き込んだ。
「お待たせ。……あれ、もう食べちゃったの? 食べながら話してもよかったのに」
本を持って帰ってきた雲嵐は、憂炎の隣に腰を下ろしてくすりとわらう。
仮にも話を聞くと言うのに、食べながらでは行儀が悪いだろう。
そんな言葉が出かけたが、口に出しはしなかった。人間の男性の見た目をしているが、雲嵐は霊獣。人間の、ましてや宮廷暮らしの憂炎が気にする作法など、言っても首を傾げるだけだ。
「で、欲しい薬草はどれなんだ」
「えーっとねぇ……」
雲嵐は持ってきた本をパラパラとめくる。紙と紐で綴じられた本は随分と古く、すべての頁は黄色く焼けていた。
やがて本の中盤を過ぎた辺りで、雲嵐の手が止まる。そしてとある頁に載った植物を「これだよ」と指さした。そこには蔓のようなもので支柱に巻き付いている植物が描かれている。
「瑤草(ようそう)っていうんだ。すごく珍しくて、この辺りでは一年に一度、この時期しかとれない。この草の実を、取ってきてほしいんだ」
「なるほどな。で、どの辺りに生えてるんだ?」
「この山をもう少し上にいったところのどこか」
「……どこかじゃわからんだろう」
雲嵐の返答に、憂炎は口をへの字に曲げた。しかし彼は、場所を思い出そうとする素振りも見せずにへらりと笑う。
「だって僕は獣だよ? いつも匂いで探してるから風景はあまり覚えてないんだ。でもなんだか、大きな岩が近くにあった気がするかな」
大きな岩など山には数え切れない程ある筈だ。そんな情報を貰っても、場所を絞り込むことなどできる筈もない。今すぐ探しに出かけたとして、今日中に見つかれば運が良い方だろう。
するとその考えを読んだかのように、雲嵐が悪戯っぽい顔をこちらに向けた。
「もちろん、今日中に見つけてきてね? 大丈夫だよ。危なくないように獣よけの札は渡すし、今日は他のことやらなくていいから」
「お前……」
出そうになった拳をぐっとこらえつつ、憂炎は横目で数秒雲嵐を睨む。それから目を閉じ深呼吸をして、なんとか心を落ち着かせた。宮廷育ちで身についた心を御する術が、ここでも役立つとは思わなかった。
「……わかった。片付けたら出発する」
憂炎は食べ終わった自分と雲嵐の食器を持って席を立つ。そして炊事場への扉の手前で、机についたまま雲嵐の方を振り向いた。不思議そうに首を傾げる彼に、憂炎は問う。
「……ちなみに、その瑤草という草は、何の薬になるんだ?」
「瑤草は、すりつぶした実がどんな病気も怪我もたちどころに治してしまうという万病薬になる。けれど多量に摂取するとどんな相手でも惚れさせる惚れ薬になるんだ。面白い薬草だからずっと調べてる。……ほしがっても、あげないからね」
「……」
そんなものいらないと言い返す気力もなく、にやりと笑う雲嵐を残して炊事場へと向かっていった。
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