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4.唯一Ⅰ
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「はい。薬は今日で終わり。どう? 調子、随分よくなったでしょ」
「ああ。ちゃんと息ができてる。ここ数日は咳き込んでもないし、すごくよくなってるよ」
雲嵐が宮廷にきて一月が経ち、彼によって開始された憂青の治療も終了した。初めは自分の部屋から全く外に出ることができなかった憂青も、今では自由に外を歩き回る事ができるまでに回復した。
「本当にありがとう。雲嵐、憂炎。これで僕も、今まで助けてくれた人に恩返しができる。皆の期待に応える事ができるよ」
そう言って笑う憂青の表情は、以前のか弱く儚い印象はどこにもない。線の細い身体には変わりないものの、その肌は随分と血色がよくなった。
「いいんだよ。僕の知識で誰かが助かるんならさ。それに、君が治ってみんな喜んでるよ。ね、憂炎もそうでしょ?」
「あ……、ああ」
突然声をかけてきた雲嵐に、憂炎は曖昧な返事を返す。
もちろん兄の回復は嬉しいのだ。燕帝や紅焔、他の臣下達と同じように、憂青が苦しみから解放され、狭い部屋の中から自由になれたらと願っていたし、今でもその思いは変わらない。
ならば何故、兄が治ったというのに心の中に暗い思いを抱えているのか。それは、憂青の治療が終わったら、雲嵐を解放しようと決めていたからだ。
「じゃあ、僕たちはこれで行くね。後は体調に合わせて徐々に身体を動かす練習をすればいいよ」
「ああ。本当にありがとう。治療は終わったけど、また二人で遊びにきてね」
雲嵐は憂青の言葉に頷くと、「行こう」と憂炎の袖を引っ張って、部屋の外へ出た。隣を歩く雲嵐は、機嫌が良いのか笑顔で鼻歌を歌っていた。そして憂炎の視線に気付き、こちらを向いて嬉しそうに笑った。
「よかったね、憂青が無事に治って」
「ああ」
「ふふ。さすがは僕の薬でしょ。……ね、憂炎も嬉しい?」
「……ああ、もちろん」
嬉しくない筈がない。嬉しくない筈がないのに、心のどこかで嫌だと叫んでいる自分がいる。そんな思いを雲嵐に悟られたくなくて、憂炎はふいと顔を逸らした。
「どしたの? さっきからなんか変だよ? 何か変なものでも拾い食いした?」
首を傾げて顔をのぞき込んでくる雲嵐に、憂炎は一言「なんでもない」と告げる。しかし彼は納得する筈もなく、右頬を大きく膨らませた。
「ねえ、ちょっと。隠されると嫌なんだけど」
「……なんでもないんだ」
「君さ、隠すのとか下手なんだから。言っちゃった方が僕の機嫌をこれ以上損ねなくて良いと思うけど?」
「……部屋に、帰ってからな」
雲嵐にそう告げると、彼は嬉しそうな様子で「わかった」と頷く。何故そんなに嬉しそうなのか。憂炎は重くなった足を無理矢理動かしながら、自らの暗い感情に目を向ける。
本当は、もう少し待ってから言うつもりだった。しかし、これ以上伸ばしても、むなしい時間が積み重なるだけ。それを考えれば、これはこれで良い機会なのかもしれない。
憂炎は先を行く雲嵐の背中をぼんやりと見つめた。彼を解放するというのは即ち、契約を解いて彼を自由にするということ。それを決意したのは、自分の思いを自覚した一月前の夜だった。
二人の絆が結ばれたあの日、雲嵐の本当の唯一が鴻帝でも構わないと言って魄になる事を願い出た。けれど今の自分では、もうそれを許せるほど心が広くなかったのだ。
自分が彼を唯一にしたい。彼も自分を唯一にして欲しい。鴻帝ではなく、自分が彼の唯一絶対の存在になりたい。
雲嵐への想いを自覚してから、それらの欲求が憂炎の心に延々と渦巻いていた。
強引に、自分を唯一にしろと告げることを考えなかった訳ではない。けれど魄が仕える人間の事を第一に考えている事は十分分かっていたし、それを彼に要求することなどできなかった。
だから憂青の治療の終了を節目として、憂炎は契約の解除を考えたのだ。
「俺があいつを唯一にできればそれでいい。ただ護り、護られるだけの関係ならば、それで十分だった筈なのに」
僅かでもそれ以上の関係を望んでしまった。そしてそれに気付いてしまった。その結果、こんな感情を抱く事になるならば、鈍感な自分のままでいたかった。
自室の扉に手をかけながら、憂炎は嘲るように微笑んだ。
そして部屋の扉を開け放つ。雲嵐と過ごしてきたこの部屋が、どこか監獄のように思えた。
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