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4.唯一Ⅳ
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夜になっても、雲嵐は戻ってこなかった。憂炎はゆるりとした寝衣を身に纏い、寝台の上からぼんやりと窓の外を見つめていた。既に空には月はなく、星々が静かに瞬いている。
「雲嵐は、あの山に帰ってしまったのだろうか……」
左手を頭の上にかざし、そこに光る指輪を見つめる。指輪はまだほのかに温かく、彼との絆がまだ切れていない事を示していた。
「外せばいい。なのに、外せない……」
指輪を外すなと言って涙を流しながら叫んだ雲嵐を思い出す。
幼い子供のように取り乱した彼の姿は、これまで過ごしてきて初めてだった。
雲嵐が出て行った後、何度か自分から指輪を外そうと試みたが、その度に涙に濡れた彼の表情が浮かんできて、どうしても手が止まってしまう。
「帰ってしまうのなら、何故止めたんだ……。やっぱり、雲嵐はよく分からない……」
憂炎が口をへの字に曲げた時、突然部屋の扉が勢いよく叩かれた。
「おい! 憂炎! 起きてるか!! 早く出ろ!!」
「紅焔か?」
憂炎は寝台から起き上がる。普段は飄々とした調子の紅焔がこんなに取り乱すなど、数年前に燕帝が病で倒れた時以来だ。
ばんばんと力任せに叩かれる扉を開くと、緊迫した表情の紅焔が部屋の中に飛び込んできた。
「どうした、紅焔……、うわっ!」
紅焔は突然憂炎の両腕を掴み、前後に揺さぶりながら問いかけてる。
「おい、憂炎! あいつは……あの白いのはどこにいる!?」
「雲嵐の事か? あいつはちょっとけんかをしてしまって……。ここにはいない」
「いないのか!? まずい、これはまずいぞ……」
唇を噛み、目を左右に動かす紅焔。そんな彼を自分から引き剥がしながら尋ねる。
「どうしたんだ。まさか父様が突然病気にでも……」
すると紅焔は隣の部屋まで聞こえてしまいそうな大声で、「違う!」と怒鳴った。
「さっきからだ。あいつが助けを求めてる声がする」
「は!? どういうことだ!?」
次は憂炎が紅焔を揺さぶる番だった。雲嵐が帰ったのは、あの山に帰ったからではないというのか。
「あいつ、俺の能力を知ってやがったんだ。それを使って、どこからか助けてと呼びかけて来てる。あいつの身に何かあったんだ」
「何故!? 何故雲嵐がそんな事に!?」
「分からん。だがあいつは白澤だ。この世のすべての知識はいくらでも利用価値がある。それにあいつは憂青を治しただろ。恨む奴はいるだろうさ」
「……!」
もう少し白澤という存在のことを理解しておくべきだった。考えていれば、この事態を予想できただろう。たとえ言い合いをしていたとしても、一人にするべきではなかったと分かった筈だ。
「くそ、何故俺はあいつを一人に……!!」
「あいつはお前の魄じゃない。契約を結んだだけの普通の精霊だ。魄なら仕える人間が死を迎えるまで何をされても死ぬ事はないが、普通の精霊はそうはいかない。下手をすれば命を落とすぞ」
「くっ……!」
憂炎は身を翻し、部屋の隅に立てかけた剣を掴む。
「紅焔、雲嵐の居場所は分かるか!?」
「正確には分からねぇ。暗く、他に物がたくさんあるところ、とは言ってたから、多分倉庫だと思うが……」
「わかった!」
そこまで聞いて、憂炎は勢いよく部屋を飛び出した。寝衣のまま、履き物も履かず、無我夢中で廊下を走る。
「俺は憂青達に声をかけてくる! それまで持ちこたえろ!」
遠く後ろで叫ぶ紅焔に、憂炎は心で感謝を捧げつつ、頭の中に倉庫の場所を思い浮かべた。
宮廷の中には、倉庫が五つある。
食物庫。書物庫。宝物庫。衣装庫。武器庫。
暗くて他に物がある場所という情報のみから、このうちどの倉庫が正解なのか絞り込むことはできない。つまり、手当たり次第探すしかないのだ。
「瑤草の時といい……。あいつ、少しは正確な手がかりを伝えるという事をしないのか……!」
歯をぎりりと噛みしめて、憂炎は暗い宮廷内を駆けていく。
「雲嵐、どこだ……!」
雲嵐の名を呼び、近くの倉庫を確認していった。しかしどこにも、雲嵐の姿は見つからない。
「早く、見つけなければ……!」
自分には、彼しかいないのだ。
たとえ雲嵐が自分を唯一にしてくれなくても、憂炎にとっての唯一であることは変わりない。たった一人、唯一になってくれたその相手。
その彼をこのまま失いたくはなかった。
「最後は、ここか……!」
最後の倉庫――宮廷の敷地内の端、自分の部屋から最も遠い位置にある武器庫の扉を、憂炎は勢いよく開け放った。
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