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第一話「アメとムチ」①
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──立川直人(たちかわ なおと)──
「もう知らないッ! きびちゃんのばか!」
バンッとテーブルに手を付き、イスを引いて立ち上がる。携帯をいじっていた“きびちゃん”は、俺がそんな事をしても少しもこっちを見てはくれなかった。
「う゛〜……くっそぉ……」
勢い余って外へと飛び出してきてしまい、上着も財布もない。唯一ポケットに入っていた携帯電話を握りしめ、玄関を出てすぐの道路の端にしゃがみ込んだ。
「むかつく……」
自分の膝を抱くようにうずくまって、地面に視線を落とす。
腹を立てているのは、きびちゃんが俺の知らない誰かと連絡を取り合っていることに対してだった。
誰にでも優しくて、カッコよくて、可愛くて、人気者のきびちゃんは俺とは住む世界が違う。なのに何故怒っているのかと言えば、一応、俺ときびちゃんがそういう関係だからだ。
浮気されたのかと言われれば、別にそういうんじゃない。きびちゃんが何かをしたというわけではなくて、俺が勝手に妬いているだけ。
でも、他の人と楽しそうにしてるのを見るのは、やっぱり面白くない。
しつこく話しかけてしまった自覚はあった。
“誰と話してるの?”
“それってどういう関係の人?”
“俺とその人、どっちが大事?”
男のくせに女々しいことを言っていたのはわかってる。段々と返しがテキトーになっていくきびちゃんに、焦りのようなジリッとした歯がゆさが募った。
でも、モテすぎる恋人に不安になってしまうのは仕方ないじゃないか。
「もうやだ……」
自分の顔を両手で覆い、泣きそうになるのを堪える。
なんでこんなにモテる人を好きになってしまったんだろう。はじめから、分不相応な片想いだった。ただ見てるだけで良いはずだったのに。『好き』だと言ってもらえて、身の丈も弁えず調子に乗ってしまった。
「好き過ぎてつらい……」
心臓が苦しくて、誰もいない夜の道に小さく呟く。顔を上げれば、リビングの明かりがついているのが見えた。きっと俺が出ていった後も、きびちゃんは変わらず携帯をいじってるんだろう。
「はぁ……」
……どうしよう。出雲(いずも)くんの家にでも泊めてもらおうかな。
数少ない友だちを思い浮かべ、ため息を吐いた。
11月の風が冷たくて、小さく身震いする。携帯を開くと、待ち受け画面に設定しているきびちゃんの写真と目が合って、胸がチクッと痛くなった。
こんなに好きなのに、それはきっと俺だけなんだ……。
「……あ」
見惚れるように待ち受け画面を眺めていると、不意に通知が表示された。
『きびちゃん:どこ』
たった二文字の言葉に、馬鹿みたいにときめいてしまう自分がいる。少しだけ迷った指先で返事を打った。
『外』
自分だけがこんなに余裕が無いのが悔しくて、顔文字も何もつけずにそれだけ返す。すぐに既読の文字がついた。同時にガチャッと音が聞こえて、顔を上げると玄関のドアが開いていた。
「……何やってんの」
呆れた顔をしたきびちゃんが出てくる。手には俺の上着を持っていて、どうやら俺が返事をする前から、家を出ようとしていたようだった。
「……べつに」
早くなる心臓を隠すように、目を逸らして唇を噛み締める。きびちゃんが近づいてくるのがわかって、変に緊張した。
めんどくさいやつって思われたかな……。
沈んでいく気持ちと一緒に、よくない考えばかりが浮かぶ。
もしかして、俺今からフラれんのかな……。
すぐ目の前に立ったきびちゃんのクツを視界の端に捉えながら、不安で泣きそうだった。
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