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「うみ、ちか、い」
「そうだな」
今日のウミはよく喋る。
いつもは眠そうにして口数が少ないくせに
逃げようにも後ろは鏡で塞がれ前にはウミがいる。
狭い試着室の中に逃げ場なんてなかった。
「んぐ」
「…」
「うみ、なに」
両頬を片手で挟まれて口が蛸のような形になる。
ウミは何も言わず俺のことを眺めている。
普段だったらウミとの間に沈黙ができようが何も気にしない。
むしろその沈黙すら居心地がいいと感じるのに今日は全然だ。
冗談だって言って手を離せよ。
鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離に
俺の心臓はこれでもかってほど騒ぎ出す。
向かい合ってこんなに近くでウミを見る機会なんてない。
きめ細やかな肌に長いまつ毛
グレーがかった目尻の垂れた瞳
いつも見てる、昔から知っているはずなのに
初めてみる表情のようでじわり、と首裏に熱が広がる。
「夜どうするつもりなんだよ」
「え、」
「合コン行った帰り。帰って来れんの?」
「家、近い奴もいるし、別に、てきとうに理由つけて一緒に帰って来れば、いいかな、って…」
責められるような言い方に段々と語尾が小さくなる。
急に何の話かと思ったらその話に戻るのな
ウミが何をそんな気にしているのか俺にはわからなかった。
ウミだっていつもめんどくさいはずだろ?
いつもいつも、ウミがいなくちゃ夜も出歩けないなんて
俺自身恥ずかしいと思うし
俺だって本当だったらお前に手を引かれて後ろを歩くんじゃなくて、隣を、歩きたいって思うんだよ。
「それで?」
「それでって、」
「お前は俺じゃなくてもいいんだな」
「は、」
なにそれ
なんだそれ
それをウミが言うのかよ。
「なに、さっきから、ほんとに」
「…」
「ウミが言いたいこと、わかんねえよ。」
ずっと言えない。
ウミにだけは言えない俺の本当の気持ち。
ウミじゃなきゃ嫌だし
ウミ以外俺、本当にどうでもいいんだ。
でもそんなの気持ち悪いだろ。
ウミにとって俺はただの幼馴染じゃん。
そうじゃなきゃダメなんだろ。
そうじゃなきゃダメなんだよ。
「融」
「っ」
やめろ今呼ぶな。
今、頭ん中ぐちゃぐちゃでダメだから
視界がぼやけていく。
目頭が熱くて、熱くて、どうしようもない
今の自分が見られたくなくて咄嗟にウミの手を払って
下を向いてしゃがみ込んだ。
溢れちゃいけないものが波みたいに押し寄せる。
胸が痛い、違う、もっとずっと深いところ
心臓の近くで心臓ではないところ
心なんて曖昧な場所誰にもわからない。
でもそっか、痛いとわかるんだな。
「とお、」
「待って、もうすぐいつもの俺になるから」
「…」
海の声を遮って
鼻声でみっともない震えた声で呟く。
「何も、聞かないで、何でもないから」
何でもないはずない。
でもそう言うしかなかった。
こんなはずじゃなかったのに
今日はただウミとの買い物を楽しむだけのつもりだったんだけどな
恋なんてしたくなかった。
なんで俺、ウミのことこんなに好きなんだろう。
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