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苦し紛れの文句
どうにか俺から視点を逸らせないかって考えたのが馬鹿だった。
「ぎゃ、くにウミだって好きな人いないだろ」
「……いるよ」
「え」
誰?
その疑問は音にはならなかった。
俺の頭はエラーが起きた機械のように固まって動かず働かない。
「最近、構ってやらなかったから拗ねてたんじゃねーの」
「はあ!?」
「泣き虫トオルは寂しがり屋だからな」
「なっ!誰が!そんなのウミの方がっ!」
「俺の方が、なに」
ウミの声にハッとする。
内心もう何を口にしているのかわかっていなかった。
どくどくどくどく、うるさい
心臓と鼓膜が直結しているかのように耳に自身の心音が響く。
俺が言葉に迷っている、と
「あんたたち!何時だと思ってんの!!」
「っ」
「っ」
怒鳴り声に二人して肩を跳ねさせた。
俺とウミはお互い顔を見合わせて小さくつぶやいた。
「ご、めんなさい」
「すみません」
「もう!」
壁が薄いこの家では今の声でも母さんには十分聞こえたらしく、小言を漏らしながら足音が遠ざかっていく。
突然の割り込みにヒートアップしていた熱は冷めていた。
俺はウミのさっきの言葉を未だ飲み込めきれず
頭の中を何も整理できてはいなかった。
こういう時、沈黙を破るのはいつもウミだった。
「で?」
「…もう、いいだろ。悪かったって」
素直になりきれない俺はそっぽを向いて不貞腐れながらそういう。
だって俺の中ではそれどころじゃない。
ウミに、好きな人が、いるって
一番驚いたのは、もちろんショックは受けているものの
どこか安堵のような気持ちを抱いている自分自身に対してだった。
「…そう」
「え?」
ウミは俺本当にどうしたいのだろう
俺はどれだけその声に、言葉に振り回されればいいのか
「俺は寂しがり屋らしいから、ちゃんと約束守れ」
「っ」
「勝手に終わりにしようとすんな」
「して、ない」
俺の返事を聞くとウミは少し満足そうに
「…ならいい」
そう言った。
何だそれ
邪魔なだけだろ、約束なんて
好きな人がいるって、言ったじゃん。
「ウミ」
「なに」
名前を呼んでみたものの何も言葉は出てこなかった。
その代わりなのかわからないけれど、俺の瞳から熱い雫が溢れた。
見られたくなくて下を向く。
すると、よりいっそうそれは溢れ出して膝の上に置いた手の甲をを濡らしていく。
声は漏らすまいと奥歯を噛み締めた。
この涙は何なんだろう。
ウミに対しての怒り悔しさ呆れ?
それとも自分自身の不甲斐なさとか?
感情に名前がつけられないのは俺が馬鹿だからかな
わからない、わからないけれど
フッと頭上に影が落ちる。
抱きしめる、にしては優しすぎて
触れているだけにしては背中に回る腕が熱を持っていた。
ウミの胸に額が触れる。
俺の顔を見ないようにするのはウミの優しさだろう。
「俺はお前がいた方が、息がしやすい」
「、」
「一人にすんな、約束だろ」
「…うん」
俺が言葉にできないものをウミは代わりに音にしてくれる。
真実には触れずに、代わりの音を当てはめてくれる。
時々、ウミといると息ができなくなる。
でも一番息がしやすいのもウミの隣なんだ。
矛盾したこの醜い気持ち気づかないでくれ
「うみ、」
「なんだよ」
「ありがとう」
「…ん」
しばらくの沈黙の後、ウミは小さくつぶやく。
返事なのかも怪しいくらいの小さな声で俺を抱きとめたまま
「見つけてくれて、ありがとう」
「ふっ、いつの話してんだよ」
声につられて顔を上げる。
優しく笑みをこぼすウミにまた泣きたくなった。
鼻を啜るとみっともない音がした。
それにまたウミは笑って泣き虫って俺の鼻をつまむ。
知ってる。
本当は知ってる。
ウミは優しいやつだから
約束だって本当は俺のためなんだ。
ウミにはとっくに怖いものなんてきっとない
約束も、いらないはずだ。
だから、ウミはただいつまで経っても大人になれない俺のために約束を守り続けている。
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