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真実①
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パンをいれた紙袋の香りと、排ガスの匂いがまじる。
空気は冷えているが陽はさしていてさわやかな日だ。
最初は慣れない2人乗りのバイクに悲鳴をあげていたジョーイもしばらくすると鼻歌交じりに楽しんでいた。
品物の受け渡しもジョーイが進んで手伝ってくれた。元々愛想もよく話が得意な彼は初めての相手でも気分よく話をした。
「なあ、ジョーイ後で給料半分やるよ。」
「いらないです。だって、これもご褒美みたいなものじゃないですか! 」
風の音に負けないように大きな声でジョーイはそう言った。少しスピードが落ちてエンジン音が薄れると身体をよせて 「だって、デートみたいで楽しいです。」と付け足す。
錆びた信号機が赤を示すとジョーイはアルマの腰をしっかりと抱き体を寄せた。
「僕、ずっと先生のお手伝いがしたかったんです。でも、僕はただの客だったからそうさせてはくれなかったじゃないですか。でも今は違う。」
「そう、だな。」
何故だろう。この関係を明確に言葉にしたことなんかないのにジョーイの気持ちは痛いほど伝わってきた。そして同時に嬉しくてたまらなかった。
行く前は憂鬱だったのに、こうも気分が上がるとは思わなかった。成り行きで付き合っているだけ、そう心のどこかで割りきっていたが、ジョーイと一緒にいると喜びを感じる。自分でも気づかないうちにジョーイはかけがえのない存在になっているのだと、そう感じた。
今日の最後の仕事だ。
2人乗りのバイクは大きな門の前に止まった。
「さあて…行くか。」
「今度アルマさんのこと悪く言われたら僕がガツンと黙らせてあげますから! 」
自信ありげにジョーイは笑う。彼はそんなにも人に強く物を言えるタイプだったろうか、いや、時々その我の強さを垣間見ている気もした。
こちらを睨むような獅子像の間を抜け、広い庭を進む。玄関にたどり着くとコンコンと軽快にドアを叩く。
「ダンティルマンさん、パンの配達に参りました。」
今回はすぐにドアが開いた。
表情のないメイドがドアを開け中に招かれる。
「わあ! 本当に聞いた通りの豪邸ですね! 」
「静かにしろよ、一応仕事中だぞ。」
少し緊張していたアルマに対しジョーイははしゃぐように周りをキョロキョロ見回していた。
「ああ、よく来たね。」
「ごきげんよう旦那、ご注文のパンです。忙しいのですぐに行きます、サインを…」
パンの紙袋と手帳を受け渡す。パンはメイドが受け取りどこかへと姿を消す。手帳を受け取ったままダンティルマンはじっとアルマを見つめた。
「いいんだ、ゆっくりで構わないよ。その偽りの姿を捨てて最後には君の本当の姿を見せてくれればそれでいい。」
「なんの…話ですか。」
アルマはまた得体の知れない不安を全身で感じていた。
「君の話さ、人として産んでしまったせいできっとその皮から脱け出せないでいる。だが覚醒の時は近い、悪魔としての能力を取り戻してその全てを知る時がすぐくる。」
また悪魔呼ばわりされているのだとアルマはわかった。
「また、俺の事を悪魔だって言いたいんですか。それは勘違いですよ。」
否定しながらも心臓の鳴りが不安定に早くなるのを感じていた。
「納得がいかないようなら、少し話をしよう…20年くらい前の本当の話だ…」
━━━━━━━ダンティルマンは悪魔を呼び出す魔術の研究に没頭していた。
そしてその術を手に入れ、悪魔の器として邸宅で働く身ごもったメイドの腹の子を選んだ。
やがて産まれたその赤子は一見普通の子であったが、恐ろしくなったメイドはその子を殺そうとナイフを手に取った。しかしその場を目撃したダンティルマンはナイフを持つ手を弾く。落ちたナイフは赤子の頬に大きな傷を残した。
そんな話をするとダンティルマンはゆっくりとアルマを見つめた。
「結局そのメイドは赤子を連れて逃げてしまった。おそらくそのままどこかに捨てたのだろう。君、生まれは? 」
「俺は…孤児院で育ったんだ…。親の顔は、知らない。でも違う、俺は…悪魔なんかじゃ…」口が乾いて言葉が詰まる。
「最近おかしな事はなかったかな。不思議な力が使えたり、自我が曖昧になったり。」
アルマは頭を抱えて座り込んだ。
ダンティルマンの言葉が全て刺さって、自分が彼の言う悪魔であると指し示しているようだ。手が震えて、汗が垂れてくる。記憶が曖昧になるあの時、実はもう一人の自分が生まれていて知らず知らずのうちに罪を犯していたとしたら…。
「ちょっと待ってください! さっきから人の事を悪魔呼ばわりして。彼は悪魔なんかじゃありません。僕が証明します。」
ジョーイは声を張り上げてそういうと、うつむくアルマの半歩前に出た。
「君は? 」
ダンティルマンが眉をしかめたところで玄関の方からドンドンと音がなった。
「ダンティルマン! いるんだろう! 」
玄関のドアが勢いよく開く。
入ってきたのはアクセル刑事とその部下だ。
ジョーイが振り向きアクセル刑事と目を合わせる。
お互いに驚いた顔をして見合った。思いもよらない人物との遭遇に思わず声をあげる。
「父さん…! 」
「お前、何でこんな所に!? 」
偶然会った父親に聞かれてジョーイはアルマの肩を触って答えた。
「僕は大切な友達のお仕事の手伝いです。でも聞いてください父さん、この人、僕の友達の事を悪魔だと言うんです。そんなわけないのに…」
ジョーイはダンティルマンを睨んだ。
アクセルはいつものように眉間にシワを寄せるとゆっくりとダンティルマンに近づいた。
「お前の言っている悪魔がこの青年だって言うのか。なんの証拠があって…」
「幼い頃についた頬の傷、20年前という時間、悪魔の子は捨てられ、彼も孤児だ。…何より、思い当たる節があるのか彼はひどく怯えている。」
確かにアルマはうずくまったままだった。
アクセルはその姿にも目を落としたが、目の前で怯え震えながら丸くなる彼が連続殺人犯には見えなかった。
「確たる証拠にはならん。それだけで、その青年が悪魔でこの連続殺人事件の犯人だと証明することなどできんぞ。」
悪魔という不確かなものの存在証明ができておらず、物理的な証拠もないままでは警察としても彼を犯人として取り扱うことは出来ない。
それに胡散臭ささえ感じる彼の言い分を丸飲みにすることなんて出来なかった。それよりは確実に一緒に暮らす信頼関係のある息子の言い分の方が信憑性が有るというものだ。
悪魔の存在を明確にしたいのはダンティルマンも一緒だったのかもしれない。悩んだ挙げ句に記憶を辿り思い出した話をし始めた。
「ああ、そうだ。そう言えば君の名前を聞いていなかった。メイドは子供を捨てたとき前の妻が自分の子につけようとした名を刺繍した赤い毛布に包んで行ったんだ。だから似た名前をもらっているんじゃないか。」
確信に迫る話を始めたダンティルマンにその場にいる者の視線は集まった。
「そう確か…前の妻は子供の名をこう名付けようとしていたんだ。ジョー、とね。」
「ジョー…? 」
アルマはふらつきながら顔をあげる。
いつの間にか近くにいた刑事は、何故かひどく青い顔をしていた。
「赤い布に、包んで捨てられたのが悪魔の子…だと? 」
ジェット刑事は手を震わせ、冷や汗をかいている。
「どうしたって言うんだね刑事さん、顔色が…」
思わずダンティルマンもその顔を覗くように視線を送る。
アクセル刑事はごくりと唾を飲み込む。焦りからか咀嚼が上手くいかずに息苦しく感じた。
「ジョーイは、俺の息子は…19年前に拾った俺の養子だ。そう、赤い布に包まれて"ジョー"と刺繍されていたからそれが名前なのだと、そこから付け足しジョーイと名付けた。」
アクセル刑事はゆっくりと自分の息子をみた。
「ほら、だから言ったじゃないですか。アルマさんが悪魔な訳ないって。」
呆れたようにため息をつくジョーイの口調は何故か明るく、その場にいる誰よりも落ち着いていた。
「ずっと引きこもってるから年数が曖昧になるんじゃないですか? あと、悪魔は人ならざるもの、傷くらい跡形もなく治ります。」
アルマは目を見開いてジョーイをみた。
「何…言ってるんだ、ジョーイ、お前…」
不安な顔でこちらを見つめるアルマの手をジョーイは優しく握る。
「そう、いくらセックスが盛り上がって無意識に爪を立ててつけられてしまった背中の傷も治っちゃうんです。」
しばらくの悩みが解決したとはいえアルマは口が塞がらないまま動くことは出来なかった。
「もう怖がらなくていいですよ、アルマさん。」
目を細めてジョーイはにっこりと笑う。いつものように向けられる無邪気な笑顔、でも今日はその笑顔に寒気を覚えた。
「ば、馬鹿な! こんな馬鹿げた話があるか! そもそも悪魔なんて存在が認められる訳がない、それにお前が、ジョーイが悪魔な訳…」
アクセル刑事の嘆きのようの大きな声は屋敷の高い天井へと反響する。
養子とはいえ今まで大切に育ててきた我が息子が人ならざるものだと言われ誰が信じられようか。更には自らが頭を抱えて苦悩していた事件の犯人だとはにわかに信じがたい現実だ。
ジョーイは相変わらず一人だけあっけらかんとしてご機嫌そうに笑っていた。
「父さん、殺人事件の死者は何人ですか」
まるで時間でも聞くかのように軽快な声でジョーイは父を呼ぶ。
「…昨日でて、8人だ。」
ジョーイは頷くとダンティルマンを見た。
「じゃあ、これで最後ですね。僕の大切な人の心を傷つけた罰です。」
次のターゲットとしての矛先が自分に向けられていることがわかったダンティルマンは焦って逃げようとしたためか車椅子からずり落ちた。
「まっ、待ってくれ。君が…君が悪魔なのか! ならばどうか私の願いを聞いてくれ。私が君を呼んだんだぞ。思い出した…君の力を使い、私は…私は前の妻に戻ってきてもらいたかったんだ。ただそれだけだ。」
先程まで明るい顔をしていたジョーイの表情が陰る。
「前の妻…そして彼女が産んだ本当はジョーと名付けられるはずだった子。ならどうして愛してあげられなかったんですか。」
ダンティルマンは頭を抱えながら罪を吐き出す。
「私がおろかだったのだ…発明をもてはやされて、家族をおろそかにした。妻が子供を産んで喜んでいたのに、家族としての共感を望んでいたのに、私は研究に没頭してそれを無視し続けた。」
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