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魚
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少年は、基本的に安定していたが、それでもリンデル達がちょっと気を抜いた隙に、ポツポツと魔物を生み出していた。
倒せる程度の数なら、ロッソとリンデルで倒していたが、多い時はカースの力で追い払う他無かった。
なので、三人はケルトが寝ている時以外は、なるべく彼の側にいた。
食事の必要もない体のケルトだったが、睡眠だけは見た目通りに取った。
それは、三人にとって本当にありがたいことだった。
灯りのない生活が長かったからか、彼は陽が沈むと眠り、朝日と共に目を覚ました。
ケルトは、川岸の木にもたれるようにして座り込んでいた。
手持ち無沙汰なのか、手は頭の後ろで組んでいる。
ケルトの視線の先、浅い川の中では、カースがゴソゴソと石を撫でたり返したりしては網を振っていた。
「なあ、さっきから何してんだ?」
見てれば分かるかも知れないと思っていたらしいケルトが、首を傾げながら声をかける。
カースは、ずっとケルトが見ている事は分かっていたが、声をかけられて、ようやく顔を上げた。
「釣り餌にする虫を、集めてる」
「釣り!?」
ケルトが聞きなれない単語に身を乗り出す。
なんだそれ、面白そう。というのが顔に浮かんでいて、カースは内心苦笑した。
「やってみるか?」
声をかけると、ケルトはしばらくうろうろと視線を彷徨わせてから
「……別に、付き合ってやってもいいぜ?」
と答えた。
「分からないことは教えてやる」
落ち着いたカースの言葉に、少年はホッとしたような顔をする。
どうやら釣りは初めてらしい、と判断して、カースは竿の持ち方から狙い方までを手を取って丁寧に教えてやった。
竿といっても、そこらの枝をカースが適当に整えただけのものだったが、釣られ慣れていない魚達は警戒心も薄く、慣れないケルトの竿にも気前良くかかった。
「お、わっ! な、なんかかかったぞ!?」
竿をクンッと引かれて慌てるケルトの後ろから、男が手を添える。
「落ち着け。ああ、十分かかってるな。慎重に寄せてこい」
ケルトは引いたり引かれたりを繰り返しながらも、なんとかそれを岸まで寄せる。
「なかなか良い型じゃねぇか。初めてにしちゃ、上出来だな」
川に入って網を構えていた男が魚影を捕らえると、ケルトは飛び上がらんばかりに喜んだ。
そうして数匹釣り上げると、男は余った餌を川へと戻した。
ケルトはもっとやりたがったが「また明日な」と男は答えた。
「そっか……。また明日……か」
ケルトは俯いて、けれど少しだけ嬉しそうに呟いた。
「絶対だぞ!」
と屈託なく笑ったケルトに、カースはほんの少し驚く。
こんなに素直に笑うことが出来る、少年だったのか。と。
それと同時に、そんな子が、こんなところでずっと一人でいたのかと思うと、どうしても胸が痛んだ。
「おーいっ、リンデル見てみろ! オレが釣ったんだぜ!」
洞穴が見えるあたりまで戻ると、ケルトは声を上げながら金色の青年へと真っ直ぐ駆けて行く。
その背を目を細めて見送りながら、カースは魚を焼くための串を作っていたロッソの隣まで行くと、肩をポンと叩いた。
「お前のおかげだ」
竿の先に結ばれた糸は、黒く長く頑丈で、魚との勝負でも負けることがなかった。
それは、ロッソの髪だった。
「いえ、お役に立てたのでしたら……」
ロッソは顔を上げて、そのカースの嬉しそうな表情に一瞬見惚れてしまう。
こんな表情を向けられた事が、今まであっただろうか。
頰が熱くなってゆく気配に、ロッソは慌てて作業に戻る。
「な、何匹、釣られたのですか?」
「九匹だ」
「ではあと二本ですね」
とナイフを動かすロッソに「手伝うか?」とカースが声をかける。
「いえ……でしたら、魚の下処理をお願いできますか?」
「済ませてきた」
カースは、既に川で鱗を落とし内臓を出してから戻っていた。
見れば向こうでは火の支度を始めていたリンデルが、キラキラとその金色を輝かせながら、ケルトの話を聞いている。
カースは、この束の間の平和な風景がずっと続く事を一瞬願いかけて、首を振った。
こんなのは、まやかしだと、そう自分に言い聞かせる。
いつか終わりが訪れる事を、この場の全員が分かっているはずだ。
そう思いながら、カースはもう一度二人を見る。
ケルトは腕を精一杯広げながら、どんなに大きい魚を逃したのか。と話しているようだ。
そんなにデカくは無かっただろう。と内心つっこみながらも、男は黙ってそれを眺める。
金色の青年と赤毛の少年は、嬉しそうに顔を見合わせて笑い合った。
男は、胸に刺さる痛みに、ただ息を詰めた。
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