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5-1 ※side T
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深く眠っていた俺の耳に、誰かの話し声が聞こえる。
聞き覚えのある声……
和人が電話をしているようだった。
聞くつもりはなかったし、熱があるせいか頭が痛くて、耳を塞いでしまいたい気分だったけど、指一本動かすのも億劫で……
俺は仕方なく……本当に仕方なく、ガラス戸の向こうから聞こえる声に耳を傾けていた。
聞きたくなんかなかったのに……
『………と智樹が付き合ってるなんて話に?』
何だそれ……、俺が誰と付き合ってるって?
俺、誰とも付き合ってないけど……
現に、高校を卒業して以来、遊びですら付き合ったことはないし、誰かを好きになったこともない。
勿論、言い寄って来る相手がいなかったわけじゃないけど……
根も葉もない話に、呆れて笑いがこみ上げて来る。
けど、
『………本当に結婚すんの?』
結婚という言葉が耳に飛び込んで瞬間、俺の心臓がドクンと大きく脈打った。
誰が……結婚するって?
出来る事なら、俺の聞き違いであって欲しい、熱のせいで耳がどうかしてるんだ、そう思いたかった。
なのに、
『………お坊ちゃま…… 』
俺の期待は脆くも崩れ去った。
そう、木端微塵に……
和人が“お坊ちゃま“なんて呼ぶ相手は一人、翔真しかいない。
そっか、翔真結婚するんだ……
そうだよな、あれから随分経ってるし、恋人がいたって不思議じゃないか……
つまり、この先俺がどれだけ翔真のことを想っても、翔真が振り向いてくれることはないってこと……なんだよな?
だったらもう終わりにしないとな……
俺の想いは、きっと翔真足枷になるだろうから。
でもな……、俺ちゃんと笑えんのかな?
ちゃんと祝福出来んのかな?
自信ないや……
零れそうになる涙を、すっかり温くなったタオルが吸い取った。
カーテンの隙間から差し込む日差しが眩しくて、重い瞼を持ち上げる。
怠さの残る身体を起こすと、頭の片隅がズキンと傷んだ。
昨日のことなんて、殆ど憶えちゃいないけど、滅茶苦茶泣いて、和人に酷い事を言ったのは覚えてる。
きっと傷ついただろうな……
ベッドに凭れて眠る和人を起こさないよう、そっとベッドから抜け出る。
足元がふらついて、壁を伝って漸くキッチンに辿り着くと、米を研ぎ、炊飯器にセットしてスイッチを押した。
鍋に水を入れ、まな板に大根を置いた。
包丁を手にしたものの、それをどうしらいいのか分からなくて……
こんなんじゃだめだ。
こんなんじゃ、ちゃんと笑えない。
不安な気持ちを振り払おうと、まだ痛む頭を軽く振ったその時、
「ちょ、智樹アンタ……」
慌てた様子で駆け寄ってきて、俺の包丁を持つ手を掴まんだ和人の声に、俺は一気に現実へと引き戻された。
「和人、おはよ。飯食ってけよ」
顔も向けずにそう答えるのが精一杯だった。
小さなテーブルに炊き立てのご飯と、熱々の味噌汁を用意すると、和人と向き合って座った。
食欲なんて全然湧いてこないけど、無理にでも食べなきゃ、和人のことだからきっと心配する。
「上手いじゃん」
どこか張り詰めているように感じる空気を、和人が少しでも和ませようとしてるのが分かった。
俺は味噌汁を一口啜ると、「ホントだ」って笑って見せた。
味なんて何もしないのに……
すると和人の顔に、ほんの少しだけど、安堵の色が浮かんだように見えた。
朝食を済ませ、片付けを終えると、
「じゃ、俺帰るけど、一人で大丈夫?」
と、和人が席を立った。
今日中に仕上げなきゃいかない仕事があるらしい。
「心配すんな、もう大丈夫だから」
靴を履き、玄関先で不安そうに俺を見上げる和人を、笑顔で見送った。
自分ではそうでもないつもりでも、けっこう無理してたんだろうな……
ドアが閉まったと同時に吐き気が襲って来て、俺はトイレに駆け込み、胃の中のもんを全部吐き出し、そのまま風呂場に向かった。
安アパートに脱衣所なんて立派なモンはないから、簡易的に付けられた洗面台の前で服を脱いだ。
「ひっでぇ顔……」
鏡に映った自分の姿に、思わず苦笑する。
青白い顔に、痩けた頬。
目の下にはしっかりクマが出来てて……
たった一晩でこんなに人相って変わるもんなんだ、ってくらい酷い顔をしていた。
変わらないのは無数に散らばる赤く鬱血したような痣だけだ。
いつ消えんだよ、コレ……
深い溜息を落とす共に、勢い良く打ち付ける温めのシャワーを全身に浴びた。
何もかも洗い流してくれればいいのに……
心と身体に受けたキズも、
翔真への想いも、全部……
シャワーを終えると、身体の怠さは相変わらずだ残ったままだけど、少しだけ頭の中がスッキリした気がして……
軽く拭いただけの髪もそのままに、出掛ける仕度をした。
少しだけ分厚くなった財布と、携帯をダウンのポケットに捩じ込んで……
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