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26 黒の烈風編
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周りの雑音が全部遠くなって、張り紙の文字だけが目に入る。
――尋ね人。
ミーハかも知んねぇ。でも違うかも知んねぇ。だって名前が違うし。
けど、それ以外が……あまりにピッタリ過ぎねぇか?
金貨100枚って、何だよ?
「スゲーな、尋ね人ごときに金貨100枚かよ!」
突然、後ろでそんな声がして、はっと我に返った。遠ざかっていた音が、戻ってくる。
オレはもっかい人垣を掻き分け、ミーハの元に戻った。
ミーハはオレの顔を見て、パッと笑った。
「何の張り紙、だった?」
無邪気に訊かれて、胸がギュっと苦しくなる。
オレは答える代りにミーハの腕を掴み、急いで掲示板の前から離れた。
「あっ、おい、待てよ、アル!」
タオの大声が追いかける。
耳を塞ぎたかった。聞きたくなかった。バカなくせに妙に鋭いアイツから、「どう思う?」なんて訊かれたくなかった。
「う、え、アル、君っ」
ミーハが戸惑ったように言ったけど、オレは足を緩めなかった。
一秒でも早く、この人混みから離れたかった。
うつむいて走ってたからだろうか。
角を曲がろうとした時、出会い頭に、鎧を来た誰かにぶつかった。
「うわっ!」
ガシャン!
重い音とともに、頭上から降ってくる声。
「あっぶねぇな、コラ」
「すみません」
謝りながら見上げて、あっと思う。ぶつかった相手は、この間、ハイランダーウルフから助けてくれた男だった。
「あ、この前は、どうも……」
オレは礼を言おうとしたけど、男は聞いちゃいなかった。つか、オレの顔なんて見てもいねぇ。スゲー驚いた顔して、オレの横のミーハを見てた。
イヤな予感に鳥肌が立った。
黒い鎧。背の高い誰か。それは――。
「チビ!」
男はオレを押しのけて、ミーハを軽々と抱き上げて言った。
「チビ! チビじゃねーか。お前、捜したぞ!」
ミーハはその男の腕の中で、びくりと体を震わせた。
男がミーハを見る。ミーハも男を見た。絡み合う視線。ミーハの唇が、かすかに動く。
「………」
何と言ったか分かんなかった。何も言わなかったのかも知れなかった。
永遠にも思えた一瞬の後、ミーハがじたばたと全身でもがいた。
「は、は、は、放して下、さい!」
「あー、何だよ、怒ってんのか? 悪かったよ、すぐに迎えに来れねーでさ」
男は親しげに言って、ミーハを地面にストンと降ろした。オレよりも大きな手が、薄茶色のふわふわの猫毛を撫でる。
けど、ミーハはその手から逃れ、オレの方に駆け戻って来た。
軽く抱き締めた後背中に庇うと、背後からぎゅっとオレの服にしがみ付いてくる。
その様子がいじらしくて嬉しくて、胸にしみた。
そんなミーハを守りたくて、放したくなくて、対抗するように目の前の男を睨み上げた。
「チビ……」
黒い鎧の青年は困ったようにガリガリと頭を掻いて、それからようやくオレの方に目を向けた。
「……何だよ? じろじろ見んなっつの」
整った精悍な顔が、不愉快そうに歪められる。オレの顔なんか、まるっきり覚えてもねーようだ。礼なんか言う必要なかった。
「あんた、誰だ? こいつに何の用だ!?」
「はあ? てめーこそ誰だっつの。人に名前訊くときぁまず自分からだろ、ガキ!」
「あんただって年、そう変わんねーだろ、オッサン!」
「オッサンだと、てめー!? オレぁまだハタチだっつの!」
「オレがガキならあんたはオッサンだろーが!? オッサンに向かってオッサンっつって何がワリーんだよ、このフケ顔!」
「誰が何だと、コノヤロ……っ!」
ガシャ、と小さく鎧を鳴らしながら、男がこっちに腕を伸ばした。
負けるか、と思って咄嗟に組手の構えをする。
けど――。
「やあっ!」
男が掴んだのは、オレの後ろに隠れてた、ミーハの細い腕だった。
「くそムカつく。行くぞ、チビ!」
「アル君!」
ミーハが悲鳴を上げて、オレの方に手を伸ばす。そのミーハを、男は軽々と肩に担いだ。
先日、ハイランダーウルフの死骸を担いだ時よりも、軽々と。
ミーハがじたばたと暴れても、ものともしてねぇ。
「やだ! いやぁ! アル君、アル君っ!」
ミーハが暴れながら泣き叫んだ。
勿論、オレだって悠長に眺めてる訳がねぇ。
「ミーハ!」
恋人の名前を呼びながら、取り返そうと手を伸ばした。けどそれは、一瞬であっけなく払われる。
ふわりと宙を飛ぶ感覚、本能的な恐怖。何が起きたのか状況が分かったのは、咄嗟に受け身を取りつつ、地面に転がされた後で。
「アル君っ!」
ミーハの悲鳴を耳に聞きつつ、低い姿勢で起き上った時には、目の前にタオが――背中を向けて立っていた。
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