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えっ、と振り向いたときには、ミーハの姿はもうなかった。
ミーハだけじゃねぇ、白いローブ姿の魔法使いたちが誰もいなかった。
「ミーハ!?」
振り向いて呆然とするオレに、「よそ見すんな!」と誰かから鋭い叱責が飛ぶ。
クエェェェ!
ピンキードラゴンの咆哮が上空から響いた。確かに、ぼうっとしてる暇はねぇ。
少なくとも、ミーハに危険はねーんだから。自分に自分で言い聞かせ、汗ばんだ手に剣をぎゅっと握り直す。
ドラゴンの声に呼ばれたみてーに、森に棲むモンスターたちが集まって来る。
ウッディコング、ウッディタイガー、ウッディ・キラー・ビー……。昨日まで名前しか聞いたことなかったようなモンスターたちに囲まれて、「容赦すんなよ!」とルナが叫んだ。
もう、ミーハからの雷撃の援護はねぇ。こっからは、オレら剣士の出番だ。
先頭に立って剣を振るルナ。小柄な体をひらめかせ、双剣を巧みに操るタオ。そして、いずれも猛者ぞろいの首都の賞金稼ぎ達……。
足元にも及ばねぇ連中ばっかの中に入り、オレも負けじと剣を振るった。
急所を一撃で……なんて余裕も、オレにはなかった。ただひたすら手数を増やし、モンスターたちを切り刻む。
悠長に剥ぎ取りやってる暇もねぇ。
ブゥンと羽音を響かせながら迫る、巨大な蜂に剣戟を当てると――ビーは針をオレに向けたまま、バラバラに羽を地面に落とした。
襲ってきたモンスターたちを1匹残らず退治した後、全員でその場に座り、休憩した。
けど、勿論それで終わりじゃねぇ。一休みしたら、逃げたピンキードラゴンを追うらしい。
「あっちの方向に飛んでったな」
タオが指差す方向に、みんなが一斉に目を向ける。
どうやら、『赤い閃光』は仲間認定されたらしい。オレはっつーとタオのオマケ扱いだけど、今んとこ足手まといだとは言われてなかった。
次々襲ってくるモンスターたちを、次々斃した達成感。大勢の剣士たちとの、初めての連携を終えた高揚感……。その一方で、ミーハを求めてソワソワしてるオレもいた。
ミーハはやっぱ、仲間と『転移』で帰っちまったんかな? つーか、アイツ、やっぱいまだに『転移』は苦手なのか?
帰る前に声くらいかけて欲しかったけど、監視されてんならそれも難しいんだろうか。
もっと感動の再会があると思ってたのに――ビックリ顔されただけで、何だかすげー違和感が残る。
杖も新しくなってて、着てるローブも上等そうで、そんだけ見てりゃ他人みてーだ。ブレスレットもなかったし……。
はあ、とため息をつく。ミーハに会いてぇ。
ずっと忘れたことなんかなかったけど、さっき間近に気配を感じて、改めて魂が震えんのを感じた。
ミーハに会いてぇ。顔が見てぇ。声が聞きてぇ。甘い吐息を感じてぇ。
上目遣いにオレを見て、ふふっと笑って……柔らかな声で「アル君」って、嬉しそうに呼んで欲しい。
――ミーハ。
「なあタオ……」
もう、この山にミーハがいねぇのはハッキリしてるんだ。ピンキードラゴンなんかルナたちに任せて、さっさと街に戻るべきじゃねーか?
タオにそう言おうとしたところで、ふと視線に気付き、口ごもる。
視線の主は、ルナだ。整ったキツ目の顔に気迫を載せて、オレをじっと睨んでる。
「……なんだよ?」
こっちも負けじと睨み返すと、ちっ、と1つ舌打ちされた。
「ここまで来ちまったのは仕方ねぇ。連れてってやるよ。けど、これが終わったら、つべこべ言わずに自分ちに帰れ。あの田舎町に引っ込んで、二度と王都に来んな」
「はあっ!? 何勝手なこと言ってんだ!?」
カッとして立ち上がると、ルナも同じく立ち上がる。
剣でもこぶしでも勝てそうにはなかったけど、1発くらいは食らわすつもりで、ぎゅっと右手を握り締めた。
けど、ルナを殴ることはできなかった。
「チビの邪魔すんなって」
じろっと睨んだまま、そんなことを言われたからだ。
「邪魔だと、てめぇ!?」
顔をしかめながら訊き返し、真剣な目に射抜かれて、ドキッとする。
チビっつーのは、ルナがミーハを呼ぶ言葉だ。
オレよりも先にミーハと出会い、それなりに絆を深めてたルナは、ミーハの味方には違いない。
そのルナが――オレをミーハの邪魔だって?
「チビはもう、30しか魔法の使えねぇヘッポコじゃねぇ。200以上の魔法を自在に使える、元のチビに戻ってる。血ィ吐く程頑張って、アイツが身に着けた200だ。それを無駄にさせんなっつってんだよ!」
「200……」
以前も聞いた数字だけど、なんだか実感がわかなかった。
確かに実家に帰ったなら、元々持ってた魔導書を読み込み、忘れちまってた魔法を取り戻すことはできるんだろう。
こんな短期間で、って思うとちょっと信じらんねー気もするけど、ハイレベルのレア魔法だって、するっと使えるようになったんだから、そういうこともあんのかも知んねぇ。
監禁されて、スパルタで詰め込み教育されたんだろうか?
オレと会えても、笑みすら浮かべらんねーくらい、疲れてんだろうか?
じりっと胸が焦げる。
ミーハに会いてぇ。
あの白い顔を覗き込み、琥珀色の目にしっかりオレを映してぇ。
「来たぞ!」
タオがバッと立ち上がり、鋭い声で警告した。
「アル、今は集中だ」
古い友人の言葉に「ああ」とうなずく。
モヤモヤも焦りもイヤな予感も、何もかも胸の中に押し込めて、腰から剣をスラッと抜く。
クエェェェ!
咆哮、そしてお馴染みの風圧。
息すら奪う程の強風に耐え、ピンキードラゴンに対峙する。
心臓が熱い。息が苦しい。
胸ん中に渦巻いてた怒りが、ドクンドクンと波打って、そこに凝縮されたみてーな気がした。
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