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***ブラッドリー***
なーにが「人間界へ繰り出そう」だ。
結局勇者離れできてねえじゃねえか!
俺とヴィンセント様が訪れたのは、件の養成所・勇者カレッジ。今はちょうど年に一度の入門のシーズンのようで、まだ剣すら持ったことのない勇者のタマゴが見放題という、魔王様限定の誰得ハーレムなのだ。
魔族の身分でありながら、俺たちは堂々と敷地内を歩ける。それはなぜか。ヴィンセント様こそ、勇カレの理事を務めているからである。人間に扮して勇者教育に尽力、時には自ら教鞭を払うという教育者の鑑。その姿、魔王としてあるまじき行為だ。このダブルスパイ生活を知っているのは俺を含め、ごく限られた幹部しか知らない。魔族にはもちろんのこと、人間側にだってバレたらとんでもないことになる。
新人勇者たちとの個人面談を終えたヴィンセント様が、俺の方を向いてサムズアップした。俺はそれに中指を突き立てて応える。
「いかがでした、面談とやらは」
「えー? うーん……ふふふ、あのねぇ……それ、聞いちゃう感じ?」
ためるな。イライラする。
「みーーんな、いい子たちばっかりだったぜ。たとえば勇者番号75のこの子、趣味を聞いたらなんて答えたと思う? 次の三択から答えよ」
Q勇者番号75番の趣味は?
①料理
②盆栽
③親孝行
「シンキングタイムは5秒でーす」
その5秒すらもったいねえ。俺は即答してみせる。
「④魔王を抹殺すること」
「三択って言ったろ。ブッブー時間切れ。正解は①料理でした! 最近の勇者は女子力も上がってるんだなって実感したな。パーティ次第だが旅の道中では必須になる素質の一つだ。どれ、いい機会だし俺の城にもちゃんとした料理場作ったほうがいいだろうか」
「ーーあんたはお見合いか何かをしてたのか……?」
「ほんとはさ……見合いみたいな決められた相手じゃなくて、運命を感じた相手と結ばれたい……この気持ち、分かるだろ?」
「分かりません」
「オープンキッチンにしてさ、勇者が鶏肉さばいてるのを俺はソファに座りながら眺めてんの。で、突然『痛っ!』って言うから『どうした?』って言って俺が駆けつけるんだよ。どうも指を切ったみたいで勇者がヒールを発動しようとするんだけど、それを俺が制止して傷口を舐める。『こ、こんなの! 回復魔法で事足りるから!』って勇者は焦るけど、俺は微笑みながら指にキス。勇者は全回復。生まれた子どもにはピアノを習わせて、もちろん勇者2世にする。女の子なら踊り子とかでもいいかなー……ペットに犬を飼うんだ……ケルベロス……三途の川にみんなで散歩に行って、死者が運ばれるのを一緒に眺めて……チビが『パパ! 僕もあのお舟乗りたい!』ってせがむもんだから、仕方ないな、今度の休みに遊園地行こうかって約束して……バイキングに乗る……夜、リゾートホテルのインペリアルスイートではしゃぎ過ぎたチビを寝かしつけてからシャンパンを開けて……程良く酔ったら勇者をマントでくるんでベッドに連れてく……勇者が慌ててシャワーを促すけど、俺は我慢できない体を装って覆い被さる。一回戦のゴングは勇者のマントを脱がすのが合図……二回戦か趣向を変えてジャグジーの中でもいいな。決勝戦のあとは……眠る君を腕に抱きながら朝焼け……うああああ、めっちゃいい」
うああああ、めっちゃ気色悪い。願わくば75番の勇者が得意とする料理で、この男を毒殺する日が来てほしいものである。驚くほど簡単にできると思われる。勇者が作った料理となれば、毒が盛られていることをあらかじめ伝えられたとしても迷わず食らうだろうからだ。あ、でも服毒くらいで死ぬ男でもなかった。これは骨が折れる。
「でもいまいち手応えなかったんだよな。やっぱり理事長との面談ともなるとみんな緊張してしまうのかもな」
「いいことを教えて差し上げましょう。あれは緊張ではなく、戸惑いです。多くの者が、勇者としての資質は? とか得意とする武器は? といった質問を予想していたんでしょうけど、あなたがした質問を思い返してご覧なさい。『ご趣味は?』『誕生日はいつ』『好きなタイプは?』『子どもは何人欲しい?』……これを見合いと言わずして何というのでしょう。いいですか、面談は貴重な時間なんです。上手くやれば将来的に立ちはだかると思われる厄介な勇者の芽を簡単に摘み取れるまたとない機会なのです。それをあなたときたらーー」
ヴィンセント様を見やるも、なんでそんな非道なことしなきゃいけないの、とはっきり顔に書いてあったので少し自重することにした。
「何も殺せとは言いませんよ? 私だったら別室に通して手篭めにして再起不能にします」
「お前さらっと言ってるが、ど畜生の所業だからなそれ」
「そうですか? 死なないだけマシですって。まあ同僚のインキュバスほど上手くやれる自信はないので、薬漬けにはしますけど」
「やーい変態。変態吸血鬼」
「は、なんですその言い草は。今年の新人勇者たち全員なぶり殺しにしましょうか。今なら死因を次のうちからお選びいただけますが」
Q今年の新人勇者たち、どうやって殺す?
①失血死
②腹上死
「え、ダメ! ぜってー許さねえ。俺のことは嫌いでも、勇者のことは嫌いになるな」
この調子である。もう好きにしてくれ。
「ま、会話だけで勇者の資質を見出すこと自体無理なんだよ。やっぱ実際に動いてるところを見ないと判断できないな」
ヴィンセント様は立ち上がるなり部屋を後にしてしまった。訓練場にでも向かうのだろう。あの人は10分に一回は勇者を視界に捉えないと死ぬ病を患っているとでもいうのだろうか。食事のときも一服をするときも足は真っ直ぐ訓練場を目指している。そしてにやける。城に戻ってからは、更衣室に設置した機器で録画した着替えを眺め、やはりにやけている。魔族とか王とか云々に、一度牢屋に入ったほうがいい。
別に構いやしない。あそこまで勇者に肩入れする魔王のことだから、これくらいは想定の範囲内……いや、まだ見ぬ勇者と築くライフプランの一端を語り出したときにはさすがに震えが走った。描くな、未来を。
俺も訓練場に向かうかどうか逡巡していると、空間転移をしてきたインキュバスが顔を覗かせた。
「ご機嫌よう、吸血鬼さん。首尾は順調で?」
俺だけがいる面談室に、別の若い男の声が響く。露出の多さと禍々しい羽根を纏った男は魔界きっての淫魔であり、人間の女ならこの声を聞くだけでよがり狂うという。
「ロキか、助かる。それが、あまり良くない。それどころか難航している。相変わらず勇者にくびったけだ。またお前の力を借りることになるぞ」
「へへっ、困ったときはお互い様でしょ。はいこれ、頼まれてた例のブツ」
俺は俺で有言実行するだけ。手渡された紫色の瓶が鈍い光を放った。
まあ、そもそもヴィンセント様のお眼鏡にかなう新人が現れなければ済む話である。これまで年に100人ほどの勇者候補生たちが大陸中から集結していたが、そこから500年以上経っても勇者発掘をやめないあたり、本命の勇者には出会えていないのだろう。それほど理想の勇者像とやらはハードルが高いようなのだ。
「いずれ聞こうとは思っていたのですが、あなたが追い求めている勇者像はどのようなものなんです?」
「お、聞くか? 聞く感じか? 話せば長くなるぞ。今からだと確実に日は暮れる」
「分かりました、遠慮します」
「そこは聞く流れだろうがー」
はよ話せや。
「まずは性格な。勇者ってなると物語の主人公であるわけだし、パーティの要な訳ですから、みんなを引っ張っていくカリスマ性が求められるんだ。惑星でたとえるなら、太陽みたいな。太陽の重力だか引力だかに引き寄せられて、地球も木星も土星も公転してんだろ? なよなよしたモヤシにも傍若無人なワンマンにもそれは務まらない。誰もついて行こうとしない」
「……」俺もついこの間までは、この人に引力で引き寄せられていたんだがな。勇者勇者言い始めてからどうも俺にはカリスマ性が作用しないんだよなあ。
「勇者のパーティに集う者たちってのは、要はその魅力から抜けられなくなって同行せざるをえなくなった輩の集合体なんだよ。勇者を慕う集団……そう、勇者のファンクラブ。あの存在はもはやアイドル」
そろそろ勇者狂いの片鱗が見えてきたぞ。言うに事欠いてアイドルときた。固唾を飲まないで続きを聞く。
「みんなの偶像・勇者様は、別に恋愛禁止を定めてるわけではないけど、推奨はしたいな。あくまで『打倒魔王!』という目標にだけ一直線であってほしい、というか本来の使命には真摯であってほしい。それで冒険が佳境に差し掛かる頃もしくはエンディング後の閑話休題のときに、ふと周りにいるかけがえのない存在に気がつくんだ。大事な存在ってのは勇者ごとに変わってくるのだろうが、それは一国の姫かもしれないし、共に苦楽を共にした魔法使いかもしれない。遠い故郷で待ってる幼馴染みかもしれないし、魔城の玉座で邂逅した魔王かもしれない。平穏な日常の中でふと大事な人のことを思い、淡い恋心を自覚して……」
魔王がヒロインレース参戦は絶対におかしい。聞いてられるか。少し血を飲んでくる。
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