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「……るんだろうな。日々戦ってばかりだし、抜くことを考える暇すらないのかもしれない。それとも童貞で、そういった知識には疎いという可能性も。だがそれだといささか格好がつかないな。あくまで男としての魅力は欠かさず持っていてほしい。ああでも、パーティの誰かにすぐ手を出すような貞操観念の低い男も願い下げだ。そういうチャラついた考えはアーチャーにでも任せておけばいい。勇者はきっと勇者として旅をしていなくても、村の女からは人気なんだ。そういう経験もきっとある。だが今は戦いに専念だ! と奮起し、溜まってしまってどうしようもないときは誰にも見つからないよう自ら慰め処理してる。そうだ、きっとそうに違いない。己の性欲ですら面倒なものだと考えているんだろう。なんて……なんて高潔なんだ、勇者ってやつは! くぅっ!」
この男、まだ語っていた。くぅっ! じゃねえよ。そんなに急いで吸血してきたつもりはないのにこの語りっぷりである。しかも話が卑猥な方向に進んでいるのはどうにかならないのか。あと根本的なことを補足するなら、勇者はアイドルではない。断じて。
「これで勇者の魅力の先っぽが理解してもらえたと思う。次に、勇者の生い立ち編」
「お待ち下さい。まだ続くんですか」
「語らなければならないことがまだ山ほどある。ちなみに今話し終えたのは、題して『勇者の人としての魅力、それに基づく恋愛観について』。勇カレの座学カリキュラムにも組み込まれてる内容だが、さてはお前……テキスト未読だな?」
ヴィンセント様が懐から取り出したるは一冊の参考書。
『勇者心得』勇者館出版
ちなみに著者はヴィンセント様本人。なるほど、この本にはそんなくだらない内容が記されているのか。
「読まなくて正解だったとしみじみ感じております」
「馬鹿野郎! お前それ教育者としてどうなんだよ!」
そっくりそのままお返ししたい。あなたの言動、魔王としてはいかがなものかと。
「この本には、勇者の全てが詰まってる」
詰めるな、全てを。
「なのに魔界ではなぜか全然売れない。重版すらない」
当たり前だ。
「他の単元では勇者が使用する技、魔法、必殺技、最終奥義一覧。使用武器一覧。勇者のステータスの特徴」
「あ、これほんとに日が暮れる感じだ」
「だから最初に断りを入れただろう。ローマは1日にしてならず。勇者の旅も1日にしてならず。そんな勇者を説明しきるには人の生涯など短すぎるしおこがましい」
それは名言の皮を被った迷言であった。マジキチのかほり。
「御託は結構です。せっかく訓練場まで来たんですから本来の目的を果たしましょうよ」
「そうだ。勇者の品評会をするんだったな。ブラッドリー、オペラグラスをよこせ」
「はい」
嬉々として覗きをする隣りの男は変態以外の何者でもない。これを路肩でやろうものなら職質は免れないだろう。捕まってしまった場合は痴漢、身分詐称など余罪が芋づる式に発覚し、場合によっては極刑もやむなしか。
「暇ならこれでも読んでおけ」
「なんです、それ。テキストはごめんですよ」
「そんな堅苦しいものじゃない。ただの雑誌だ。勉強が苦手なお前でも読みやすいぞきっと」
勇者、という言葉がくっついてくるだけあって、何か禍々しいものを感じずにはいられない。あとあなたより学力が劣っているということは大きな間違いです。
『月刊勇者』
あ、これ無理。表紙の情報を目で追うだけでも眩暈がする。今昔流行りの装備。コラム・なぜ三種の神器が似合うのか。コラム・なぜ闇落ち勇者は尊いのか。HP1でも土壇場を凌ぐ精神。春の勇者コーデ、勇者ヘア。今月のマントは深緑特集・迷彩柄で隠密行動に差をつけろ。付録はエメラルドのマント留めブローチ。勇者占い九星気学バージョン、今月の表紙インタビューは世界ランキング第4位・勇者リーフ……うへぇ。
「見事にとち狂ってますねぇ。勇者占い? 私は夢でも見ているのでしょうか」
「毎月出版されてる俺のバイブルだ。株主でもある」
大いに勇者ラブを邁進している。そしてその闇は毎月深化しているということか。この雑誌はちり紙交換に出しておこう。
俺からの冷めた目線にも気づかず、ヴィンセント様の勇者ウォッチングは続く。なんなら物騒なモノローグまで聞こえてくる。
「うん、いい……いい。みんな顔つきはいいぞ。ああ、いいな。うーわ、素敵すぎるだろ。あー剣握ってる可愛すぎか。やっぱ女子禁にしといて良かった。全員連れて帰りてえ。連れて帰ってみんなでご飯食べて風呂入って寝たい。あ、そうだなー、今度の夏は合宿でもやりたいな。でも悩むな。臨海か林間か。うーーん……林間かなぁ……輪姦なだけに……ぶふっ! っとぉ、もう模擬戦やんのか。もっと近くに行こ……くっくっくっ、輪姦学校」
模擬戦の最中の魔王も実に常軌を逸した様子でいた。まず携帯している物が既におかしい。七色に輝く棒状のライトと「討伐して♡」と書かれた団扇をいつの間にか持参しており、終始それを振り続ける奇行。
「おまたー」
「おー、やってるねぇ」
しかも途中で合流した異世界の魔王たちとも合流し、盛り上がりは最高潮に。あまり魔王らしさが感じられないのは、おそらくお揃いの痛Tのせい。よく見ればヴィンセント様のワイシャツの下にも「勇者命」の文字が薄らと見える。おそらく新人勇者たちの手前、理事長としてスーツを脱げないんだろうなぁ……。
「ジュニアのライブ超サイコー!」
「ヴィンさん、今季は誰推し?」
「それがよ、いろいろ目移りしちゃってまだ絞りきれてない」
「そっかぁ。箱で推すのは楽しいけど、一人でも欠けたらって考えるとしんどいよな」
「そういうあんたは。誰か決めた?」
「決めたー。でももうちょっと育ってからにするな。それまでここでお世話になります」
「おう、任せい」
「見てみろよ、模擬戦一旦終了だと。試合後の汗! たまんねぇなぁオイ」
「差し入れってダメかな。一応用意してきたんだけど」
「健気だなー」
「この後どうする? 16時からいつもの場所?」
「オッケー、そうすっか」
「かいさーん」
魔王たちは黒いオーラを全身にみなぎらせると、姿形が魔王のそれになる。ここで初めて「ああ彼らは身分詐称をしていたのではなく、本当に魔王なんだな」と実感した。
それぞれが異界への門をくぐって姿を消すと、うちの魔王様に肩を叩かれた。
「どうだ、新人勇者たちの勇姿は」
「どうも何も、最前列にいたあんたらが強烈すぎて何も覚えていませんよ。摘み出されなくて良かったですね。それになんですか、新人勇者? 勇姿? はっ! 俺にしてみればあんなのチャンバラです」
「分かってねえな。伸び代の塊じゃないか」
魔王自ら魔族の伸び代を潰していくスタイル。
「しかも全員が全員、馬鹿の一つ覚えのように剣ばかり。彼らには武器種ってものを教えてないんですかね……何ですかその目は」
「お前……俺は悲しいぞ! 勇者ってもんをまるで分かっていない!」
正直に言わせてもらうと、勇者を分かりたくはない。
「いいか! 勇者のメインウェポンは剣! 相場で決まってるんだ!」
「RPGのやり込みすぎで頭おかしくなりました?」
「あー、頭きた! かくなる上はこの俺が直々に教えるしかねえ! まずはテキストだ。『勇者心得』の4ページ目から黙読しろ」
「いいですいいです! その本しまってください! 見てると虫唾が走る。こんなことしてる暇あったら、せめて理事としての職務を果たして下さい」
「なっ! 多忙極まりない俺を暇人扱いすんな! いいか、今日の午後だって急遽決まった会議に参加するため外出しなければならないんだぞ」
「バレバレの嘘つかないで下さい! さっきの会話は俺も聞いてたんですよ! どうせどこかの魔界カフェとかにでも集まって打ち上げでもするんでしょう」
「あのなぁ、馬鹿も休み休み言え。そんじょそこらのサテンに高潔な魔王が行くわけねえだろ! RPGといえば酒場だ酒場! それも老舗の勇者酒場だ!」
絶句。
「そ、そんな馬鹿馬鹿しい店が、この魔界に存在している、だと?」
世も末を上回る表現が欲しい。今まさにそんな事態に直面しているのだから。
魔王様がこめかみを抑えるポーズを、初めて見たかもしれない。
「ブラッドリー、お前ってやつは……常識どころかトレンドも知らないとは! このオワコン吸血鬼! 魔界エンジンでググれば一発で出るものを。まあ……わざわざ調べるよりも、やっぱテキスト参照のが早いな。巻末資料の勇者聖地巡礼マップを……」
「結構ですって! 資料請求しないで下さい! なんでいちいち俺に読ませようとしてくるんですか!」
「第一お前は誤解している。多忙な俺が打ち上げなんぞに時間を割くわけなかろう。会議はあくまで会議だ」
「会議、という名の魔王間の親睦会ですよね」
「違う。株主総会だ、バカタレ」
「えっ?」
「株主総会。意味はさすがに分かるよな。株主たちが一堂に会して話し合う……」
「……」
もう何も言うまい。
ただ一つ言えることは、養成所も出版社も、数多くの魔王の助力によって支えられているということだ。
勇者No.75に初の任務を言い渡す。各界の魔王ども全員毒殺してー。
「あっ理事長様! お疲れ様です!」
「ご苦労様」
「理事長様! 先ほどの試合はご覧になりましたか?」
「ああ、見させてもらった。みんな入学して早々だが、型がしっかりしていていい太刀筋だったよ」
「もしよろしければ、今度お相手願えますか?」
「理事長様! 俺は俺は?」
新人勇者たちは全員が同じ制服を着ている。機能性を突き詰めたシルエットが美しい制服。白いマントをひらひらさせる様は、まるで尻尾を振って駆け寄る犬の群れだな。
人格者の理事長という側面を持つ魔王様は、この養成所では異常なほどの人気を誇る。現に数メートル廊下を進んだだけでこの人だかりだ。
理事長もとい、魔王ヴィンセント様が俺に耳打ちしてきた。
「見ろ、この子たちを。いい子たちだ。この子たちになぶり殺しにされたい。死因はーーもうなんでもいい。贅沢は言わない」
お望み通り殺されればいいじゃないですか。私は止めませんよ。
「今度お相手して欲しいってさ。何着て行こうかなー。魔王スタイルで行ってびっくりさせてみよっかなー」
殺されても大丈夫なように、死装束を着て行けばいいのでは。
子どもと大人のちょうど中間くらいの美丈夫たちに囲まれても、理事長としての微笑は崩れない。だが甘いマスクの裏では、鼻の下が伸びるのを必死で堪えているに違いない。よく見ると、口の端がひくひくしているのが分かる。あいつ、これでもかってくらいハーレムを楽しんでいやがるぞ。
結局あの方が勇者成分を充電するがために付き合わされて一日が終わるのだろう。遠巻きにその光景を見ていたら虚しさに襲われたので、俺は一足早く退勤させてもらおう。踵を返して歩き出す。
「……俺だって、吸血ハーレぐはっ!」
「あっ! 失礼しました!」
悶々しながら歩いていたからか、振り返り様に誰かとぶつかってしまった。
「すみません! 俺ちょっとよそ見しながら歩いてたもんで」
「俺……いや私の方こそすまない。ぼーっとしていた」
「怪我してませんか」
「大丈夫」
ぶつかった相手も新人勇者の一人であった。人間体の俺と目線がほぼ同じということは、優に170はあるだろうか。ヴィンセント様が侍らせている数人の勇者たちと比べてもやや体格に恵まれているように見える。
俺はここの生徒らに興味などない。だが仮にも理事長の秘書を務めている立場であることから、どんな新人がいるか一応は把握しているつもりだ。物覚えに関しても、少なくとも平時のヴィンセント様よりは優れている。
しかし、目の前のこの男にはどうにも見覚えがなかった。名前も在籍クラスも浮かんでこない。
「えっと……俺が何か」
「いや、いいんだ。行きなさい」
「はい、失礼します」
去り際にお辞儀までして、律儀な男だ。体育会系のぐいぐい迫ってくる感じは好きになれないが、縦社会が厳しいだけあって目上の者に対する礼儀を忘れない点は評価してやってもいい。
その男は真っ直ぐヴィンセント様御一行に向かって行く。なんだ、あの男も理事長に褒めてもらいたいクチか。
「こら、お前たち、理事長様が困ってる。お忙しい方なんだから手短にっていつも言ってるだろ」
「あ、カイル先輩!」
「新入りたちがすみません、理事長様」
様子を窺っていると、どうやら理事長に遠慮なく群がる後輩たちを諫めに来たらしい。勇者とは民家に不法侵入した挙句に強盗紛いのことも平気で行う非常識な生き物だと一方的に思い込んでいたが、中にはちゃんと常識的な勇者もいるようである。
と、その時だった。
「理事長? 理事長!? どうされました?」
さっきの男が、切羽詰まった声で騒ぎ始めた。
何やら切迫した雰囲気になっている。あの最強の魔王様に限って生命の危機に晒されるようなことなんて皆無だと言えるのだが。
ヴィンセント様は、うずくまっていた。
勇者たちは蜂の巣をひっくり返したかのような騒ぎに陥っている。
「理事長? しっかりして下さい! どこか悪いのですか?」
「心の臓が。動悸が。くっ……心がキュンキュンするッ」
「一旦横になりましょう。私が分かりますか」
「ゆ、ゆうしゃ」
新人勇者たちが狼狽えて立ち尽くす中、先ほどの先輩勇者が一人必死に救命に勤しんでいる。俺にとっては茶番の一幕でしかなかった。
魔王はそんな簡単に死なない。
「先輩、理事長どうなんですか」
「分からない。何かの発作だろうか。誰か、救護に連絡を! 持病か何かあるんですか?」
「あるような……無いような」
「意識レベルが下がってる。まずいな」
「そんな。死んじゃうんですか」
いや、だから死なんて。仮に死んだとしても勇者ハーレムの中での死なら本人としても本望だと思われる。魔王なりの大団円だ。
「安心しろ。まずは気道の確保、と。いざとなったら俺が心マと人工呼吸で……うおっ!」
先輩くんが言い終えるよりも先に、ヴィンセント様は立ち上がった。数秒前まで謎の発作を起こしていた人とは思えないくらいの笑みを浮かべて。
当然、取り巻きたちはその豹変についていけずにいる。
「り、理事長……? 大丈夫なんですか……」
「今まで凄い苦しんでたのに」
「ああ、平気だ。眩暈と震えと吐き気と胸焼けが一度に押し寄せてきたことに伴い、心臓の鼓動が異常をきたしただけだ」
「それ、ほんとに大丈夫って言えるんですか……」
大丈夫大丈夫。魔王だから大丈夫。
「理事長、俺の肩貸します。救護室まで向かいましょう」
「ひゃア、アアッディガとぉ」
先輩くんが率先してヴィンセント様を支えるも、今度は今までの饒舌ぶりが嘘のようにカタコトになった。おそらく「ありがとう」と伝えたかったのだろう。
「あははっ、噛みすぎですよ理事長。体調が戻られたんならそれに越したことはないです。さぁ、俺にしっかり掴まって」
俺は二人の立ち位置を確認して呆れた。よく見るとヴィンセント様はどさくさに紛れて勇者の腰を抱いている。ほら見ろ、平常運転だ。
「そ、それより君! 緊急事態であっても実に落ち着いていた。見事なものだ。名前はなんと言ったかな」
先輩勇者は爽やかに笑う。
「やだな、理事長なのに俺の名前お忘れですか? もしかしてまだ体調優れません? まあ覚えてなくても仕方ないんですけどね」
先輩勇者はやはり爽やかに笑い、告げる。
「俺の名前はカイルって言います」
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