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対面したと思った瞬間には助走もなくケインが突進してきた。ったく、血の気多すぎだろう。本当にお乳は出るんだろうな? どんな英才教育施されたらこうなる。瘴気でも吸って育ってきたんじゃないのか。
一直線に俺めがけて走り込むケイン。彼の角の切っ先がはっきり目に見える距離まで接近された、そのとき
「勇者さん! 今だっ」
よし。
広げたマントにケインが突っ込むと同時に俺はマントを翻す。バサリと大きな衣擦れの音。成功のようだ。
「よしっできた! こういう感じでいいんだろ」
「そ、そうだね。そうだよ。そうなんだけど……急いで後方確認したほういいよ勇者さん」
え?
「ケインの二発目もう来てるよ」
そんなまさか。乳牛がそんな小回りのきいた身のこなしが出来るわけが……。
と思ったが、後ろから不穏な地響きが聞こえてくる……!
まずい! こいつただの牛じゃなかった!
「くっ、間に合」
……ぐはあ!!
再びマントを手にするが早いか、俺の体は宙に吹っ飛んでいた。
腹に強烈な一撃をお見舞いされて。
嗚呼、空が青い。あと芝生って結構硬い。
勇者さーーん。
少年が俺を呼んでいるが、声が出せない。俺はここだ。ここだぞー。
そのまま意識も飛んでしまった。
あ、川だ。川が見える。
父上も母上も笑顔で俺に手を振っている。
少し歩いてみよう。
「こっちだ勇者」
誰かの声がすぐ近くから聞こえる。
「あれが三途の川だ」
その声はすぐ隣りから聞こえる。
俺の隣りには黒装束の男が座っていた。
男は俺を見ると、はにかんだ。
あれ。
俺どうなったんだっけ。
確か。勇者として旅に出て。最寄りの村に立ち寄って。家畜たちが脱走したから捕まえて。そしたら牛に突進されて。それから、それから、どうしたんだっけ。
「ハッ!」
「あ、起きた。大丈夫?」
ここはーー?
「そうだ、ケインにやられて……いっ! 頭が」
「急に動いちゃだめだよ。軽い脳震盪。まだ寝てなきゃ」
少年が心配そうに顔を覗かせた。俺の額には水を絞ったタオルも乗せられている。ここはどうやら牧場の木陰のようだ。
「あの牛は?」
「無事回収済み。ありがとね、おかげで後はスムーズだった」
「そっか。ならいいんだ」
「でもさすが勇者さんだね、復活が早い。人によっては全治3ヶ月になるときだってあるんだから」
「そうでもないぞ。三途の川の手前まで行ってたから」
「ありゃ。良かった、戻って来れて」
「すまないな。手助けしようとしたのに何もできず、それどころか気絶して介抱までさせて。情けない」
「仕方ないよ、ケイン相手なら。勇者さんってまだそんなにレベル上げしてないんでしょ? それなのに一度でもいなせたんだもん。かなりセンスあるよ」
「そういうものなのか」
「ケインは昔からああだから『暴れ乳牛』ってことで巷じゃ話題でね、若い人たちがよくロデオの挑戦しに来るんだ。度胸試しだかなんだか知らないけど。でもまともにケインを屈服させられたやつなんて一握りだし、大抵ぶちのめされちゃうから、ここは『KO牧場』なんて呼ばれてんの。ウケるでしょ。おかけで臨時収入も入ってくるからそこそこ懐が潤ってる、あはは」
商魂たくましいとはまさにこのことを言うのだろう。
「待て、今何時だ。どれくらい気を失ってた?」
「今は午後の2時。だいたい1時間くらい寝てたと思うけど」
「不覚だ。こうしちゃいられない」
「いや、だからあんたどんだけタフなのさ。そこでもう少し寝てていいよ。僕は午後の仕事に戻るから、なんかあったら呼んでね」
よいしょ、と立ち上がった少年は、猛獣ひしめく牛舎へ躊躇なく進んでいった。牛舎に隣接するようにして巨大な工場のような建物もそびえている。おそらくチーズやヨーグルトといった乳製品を作っていると見た。田舎には不釣り合いな工場に、そこはかとなく漂うビジネスの香り。
当然のことながら少年の顔はまだ幼く、明らかに俺より年下だということが見て取れる。あんな幼くして動物たちの管理の一端を担うというのは、さぞ辛いことなんじゃないのか。
「待ってくれ」
「ん?」
「俺、カイルっていうんだ。君の名前も聞いてもいいか」
「僕? 僕はマーカス。よろしくカイル」
「よろしく。なあ、午後の仕事を俺にも手伝わせてくれないか」
「え?」マーカスは予想だにしていなかったようで目を見開いた。
「これも何かの縁だ。どうだろう」
「……ふふふ、あははは!」
マーカスは腹を抱えて笑い出した。何が彼の笑いのツボを刺激したのか判断しかねる。俺は首を傾げる他なかった。
「あー、おもしろ。手伝ってくれる側がどうしてそんな低頭なの。カイルは変わってるね」
「そうか?」
「手伝ってくれるならこっちこそ願ったり叶ったりだよ。それじゃお言葉に甘えちゃおうかな」
「僕が干し草をフォークでかき集めていくから、カイルはその塊を荷車にどんどん積んでって」
「分かった」
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「……これで、よいしょっと、全部かな。凄いよ、やっぱりいつもより倍は早く終わってる」
「次は何をする? どんどん言ってくれて構わない」
「まだいいのー? じゃあ次は豚小屋の掃除しよっかな」
「ここは豚もいるのか」
「いるよー。鶏もいる。てか食肉用の動物はわりと揃ってるほうだよ。あ、安心して。豚は凶暴じゃないから。でも隙あらば逃げ出そうとするから見張ってて欲しいんだよね」
「……言ってるそばから、あそこ走ってんの豚だよな」
「あーもー! カイルお願い、捕まえて来てくれる?」
「了解」
・
・
・
「捕獲した」
「おー早いねー。しかも豚両手持ちとは、力持ちだね!」
「傭兵やってたから、これくらいなら全然大丈夫だ」
「……さすが勇者だわ。ねえ、そろそろ休憩にしない? ここ座ってて。手伝ってくれたお礼に牛乳ご馳走しちゃうよ。ちょっと飲んでみて」
「……あ。美味しい」
「でしょ? ミル村特産・ミルミルク!」
「ぶふっ」
「ちょっとぉ! なに吹き出してんの!」
「いや、変な名前だなと思って。もっと他になかったのか」
「余計なお世話だから! 覚えやすくていいでしょうが」
「あははっ、悪かった」
マーカスと話していると、肩の荷が降りたような気がしてくる。俺はきっと焦っていたんだろうな。
パシャ。
聞き慣れない音に俺は思わず振り返った。
「なに、どうしたの」
「いや、今……カメラのシャッターのような音が」
周辺にはマーカスしかない。
「気のせいか……」
いや。
誰かに見られている。視線を感じる。
実に奇妙な感覚だった。なにより不思議なのが、その視線に悪意を感じないことだった。
「……」
きっと神様が見守ってくれているのだろうと思うことにした。
旅の目的を果たした時、その眼差しが消えてしまったことに気づいた。
了
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