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第1章 Stage 3
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荷物なんてないから、スマホだけをジーンズのポケットに捩じ込み、鏡に向かった。
実際には、鏡ではなく、鏡の前に立てられた写真立てに、だけど……
「じゃあな……、また明日来るから……」
写真の中の笑顔を指でなぞり、写真立てをパタンと伏せた。
後ろ髪を引かれる思いで楽屋を出ると、階段下からステージを終えたダンサーが息を切らして昇って来る。
「お疲れ……」
「あ、お疲れ様でした」
擦れ違いざまに言葉を交わして俺は階段を下りた。
「寄り道しないで真っ直ぐ帰れよ?」
階段の下では、ステージに向かう前と同じように翔真が立っていて、俺の肩を叩く。
「分かってるよ……」
ガキじゃあるまいし、口煩いったらないぜ……
俺は翔真を振り返ることなく、劇場の奥にある裏口へと向かった。
狭い通路を抜け、裏口が近付くにつれ、俺の鼻先をある匂いが掠めていった。
この匂い……
俺がこの世で一番嫌いな匂い……
ドアノブを握りしめたまま足を止め、深いため息を一つ落とすと、重くなる気持ちとは真逆の、裏口の軽いドアを開け放った。
途端に吹付た強い風と冷たい飛沫に、さっきまで火照っていた身体が一気に冷えて行く。
「マジかよ…」
俺は一人ごちると、すっかり薄黒くなった空を見上げた。
元々濡れていた髪の先からは、ポタポタと滴が落ちては、足元を濡らした。
俺は一瞬後ろを振り返り、舞台装置や何かに囲まれた薄闇の中に翔真の姿を探した。
でもそこに翔真の姿がある筈もなく…
そうだよな、劇場の支配人であるアイツにはまだ仕事が残ってるもんな……
仕方ない……、走って帰るか……
俺は激しく降り付ける雨の中飛び出した。
ダッシュで帰れば十分とかからないマンションまでの道程。
なのにこんな時に限って見る信号全てが赤に変わる。
まるで俺がマンションへ帰るのを阻むように……
そして幾つかの信号で足止めを食らった時、俺の目の前を猛スピードで走るトラックが通り過ぎた。
その瞬間、俺の脳裏に焼き付いたあの光景がフラッシュバックして……
「やめてくれ…、連れてかないで……、潤一を……潤一を連れてかないで……」
俺はその場に蹲ったまま、まるで身体が石になってしまったかのように動けなくなってしまった。
だから嫌いなんだ、雨は…
もう二度と会うことの出来ないアイツを思い出すから…
「翔……真、助けて……」
俺は冷たく濡れたアスファルトにその身を横たえた。
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