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第5章 Time 9
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有無を言わさず楽屋に智樹を放り込んだ俺は、早々に智樹を鏡の前に座らせると、衣装やメイク担当の健太を呼び付けた。
若いが、ヘアメイクの専門学校も卒業していて、腕が立つ上に、センスも中々の男だ。
「急で悪いが、コイツにメイクしてやってくんねぇか? それから、衣装も見繕ってやってくれ」
「OK、任せて下さい。超美人さんに仕立てますから♪」
「おう、頼むわ。じゃあな、智樹」
呆然とした表情のまま鏡の前で固まる智樹の肩を叩くと、ほんの一瞬……だけど、鏡越しの智樹の瞳が大きく揺れた。
不安……なんだと思った。
それもそうだよな、意味も分からないままいきなりこんな場所に連れてこられて、いくら抵抗がないとは言っても大衆の前で裸になんなきゃいけないんだから……
不安にならない方がおかしいか……
「悪い、一瞬だけ席外して貰えるか?」
智樹の髪をブラシで梳かしていた健太に言うと、勘の良い健太は俺の意を察したのか、静かに楽屋を出て行った。
「翔真、俺やっぱ自信ねぇよ……」
ドアが閉まった途端に泣きごとを言いだす智樹。
俺はそっとその小さな華奢な背中を包み込むと、揺れる瞳を鏡越しに見つめながら、
「いいか、智樹? お前なら出来っから……」
智樹の耳元に囁いた。
根拠なんて何にもない、俺にあるのは、ただの”勘”だけ。
それに俺にはある思いがあった。
いつまでも過去の亡霊に囚われて、死しか見えていない智樹に、どうしても前を向いて欲しかった。
虚ろで、精彩を欠いたその瞳を、少しでも輝かせてやりたかった。
それが例え智樹が望まないことだったとしても……
「おまじない、してやろうか? 目、閉じてみ?」
小さく頷いた鏡の中の智樹が、ゆっくり瞼を閉じる。
俺はその顔を両手で挟み込んで、乾いた唇に自分のそれを重ねた。
それが、智樹と交わした初めてのキスだった。
そしてその儀式は、今も変わらず続いている。
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