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真宮さんは俺に軽く手を振ると店から出ていった。二人の間に沈黙が流れる。
なんかこれもデジャヴだな、七瀬さんの表情は違うけど。
「あの、」
「……えー、七瀬旭です」
「あ、はい。向井颯太朗です?」
初めて会った時のように姿勢を正して軽く会釈される。
なんで今更自己紹介?ってか下の名前、旭さんっていうのか。七瀬旭さん。
「えーっと、」
とてつもなく言いにくそうにしている。何も言わずに次の言葉を待つ。
するとカバンからノートとペンを出してなにか書き始めた。
「ななせ、あさひ、です」
「はい、わかりましたよ。旭さんっていうんですね」
「んー、よく見て」
「見てます」
「颯くんがさ、最近好きなのは?」
「え?」
急になんだ。最近は朝比奈先生の本を読むか、ここでホットケーキとカフェオレで顔面を溶かすか、楽しいのなんてそれくらいだ。七瀬さんと話すのも楽しい。
俺って趣味少ないな。
「あれ、」
気付きそうで気づいていいのかよく分からない気持ちになる。七瀬さんは黙ったままだ。
「え、これ気づいていいやつですか」
いや、そんなわけないよな。でもななせあさひ、とひらがなで書いたのには意味があるはず。
「むしろ気づいて。自分で言うのなんか恥ずかしい」
「七瀬旭さん?」
「はい」
「あさひな、せなさん?」
「…はい」
「えぇぇぇ…、まじか」
「まじです」
俺はこの数か月、推し作家とティータイムを過ごしたり映画を見に行ったりしてたのか。
絶対彼と気持ちは違うけど今言いたい。何も言えねえ。
「ごめんね」
「何がですか」
「黙ってて」
「それは全然いいというか、むしろ出会ったときに言われてたらきっと信じないか気絶してました」
「そっか、でも騙してたみたいで」
初めて会ったときに本が好きというとにやにやしてたこと、職業を聞いたら濁されたこと、ご招待の映画チケットを持っていたこと。そういうことだったのか。
「いや、なんかいろいろ納得しました」
「あ、そう…?」
「なんでそんな叱られてるみたいな顔してるんですか」
「もっとちゃんとしたタイミングで言おうと思ってたから」
「拗ねてたんですか 笑」
可愛いな。
「え?」
「えっ」
急に真顔になった俺に驚いた七瀬さん。
今俺なんて思った?可愛いって?いやいやいや、あれだよな、あのー、子犬とかの可愛いなって感じだよな。ここに子犬なんていないけど。
いるのは自分より年上の男、ついさっき売れっ子小説家だと判明した成人男性。まあ、あれだ、気のせい。
「いや、なんでもないはずです」
「そう?」
不思議そうな顔になった七瀬さんに「そうです」と念を押し、最近あったことを話しだす。七瀬さんもいつものように笑いながら話してくれる。ああ、やっぱ楽しいな。
七瀬さんと別れた後、ふと冷静になって今日の会話を思い返していた。
同一人物だったことは正直そこまで衝撃じゃなかった。衝撃じゃなくないんだけど、それよりも、七瀬さんの目の前で朝比奈先生の小説の好きなところとか、どれだけ素晴らしいかみたいなのを言ったことがあったのを思い出してしまった。
どんな気持ちで聞いてたんだろうな、いつもみたいに優しく笑ってくれてたんだと思うけど。
気が付いたら家にいて、風呂も課題も済ませていた。
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