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episode1 まさか、世界一平凡な日に、超新星爆発を目撃するなんて、おもうわけがない。
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「じゃあな、また明日」
「「「おつかれーす」」」
ひらひらと変な調子で手を振りながら、谷口がいつもの曲がり角へ消えて行く。
日が沈んでもむせ返るように暑い、高校3年の夏。前を歩く2人の友人のじゃれ合いを眺めながら、溶けかけたアイスバーをすする。
別に、大した結果は残せなかったが、部活も引退して、まぁ、大学受験に向けて、形だけでも勉強を頑張る、そんな日々だ。
今日も、いつものメンツで完全下校時間の少し前まで、勉強半分、遊び半分の勉強会を行って帰る。
「なぁなぁ、今日の田宮、ヤバかったくね?」
「あぁ、まじ笑いすぎて授業どころじゃなかったわ」
「ひ、ひひ1つの恒星の終わり、そそ、それを、ちょ、ちょー、超新星爆発とイィますっ!!」
「ははは、イィますっ!!」
「「はははは」」
いつもの調子でふざけ合っている山田と新谷の、半歩後ろを歩きながら、少し前までやっていたみたいに笑えない自分がいる。科学の担任を笑いものにするのにも、飽きてきた頃だ。……あ。
「やべ」
「ん?湊っち、どうしたの?」
急に立ち止まった俺を、2人が不思議そうに振り返る。
「明日って、科学テストだよな?」
「そだっけ?」
「そうだよ、覚えとけよ。一番ヤバいのお前だろ新谷」
「山田は黙れー。湊、それがどうしたの?」
「やべー、教科書忘れたー」
まだ全然勉強してないのに。ちょうど2人が田宮のことで冗談を言ってくれてて助かった。今からでも学校に取りに行こう。苦笑いの俺に、新谷が偉そうに胸を張る。
「優しいこの新谷さまがぁ、あわれな湊君に写メを送ってやろうじゃん。俺多分教科書、家にある!」
全然胸を張って言えることじゃない。今日、科学あったのになんで教科書が家にあるんだ。でも、ありがたいけど学校取りに行くしかないな。
「いや、俺書き込まないと全然覚えらんねぇの。頑張ったら完下間に合うっしょ。いっちょ走ってくるわ」
「何お前、真面目かよ」
「こらこら、本当にまじめな奴らに失礼だろ。悪い、先帰ってて」
山田の茶化しに、軽く冗談で返しながら、俺はさっきまでいた学校に向かって小走りを始めた。
「ははは、違いない!また明日な」
「おう、また明日」
***
結構急いだつもりだったが、俺が着いた時には、学校はすでに閉まりかけていた。
急がないと、完全下校時間が過ぎても学校にいるところが見つかったら、面倒なことになりそうだ。少し足音を忍ばせながら学校の廊下を歩く。
「机の中かねぇ…」
誰もいない校舎を歩く、地味な背徳感に少年心を疼かせながら、なおも忍び足であるく。自分の教室がある廊下に差し掛かったところで、音が聞こえた。……声?誰かがすすり泣くような。
「気味悪いな…」
探検をしているようだった気持ちが、急にお化け屋敷にいるような、周囲の温度が2,3度下がったような感じに、ブルッと体を震わせる。七不思議とか、信じてないんですけど。
ただ、教室に近づくにつれて、聞き間違いかと疑うほどだった音が、はっきりと、鼻をすする音になる。本当に、人がいるのか?
「グス…ふっ、うぅ」
「え、まじかよ…」
明らかに誰かが声をかみ殺して泣いている。無性に気になって、足早に教室へ向かう。間違いない、俺の教室からだ。恐る恐る引き戸を開けて、声をかける。
「誰だ…?」
「ふっ、うぇ?……みな…と?」
「……え?」
声を聴いた瞬間、驚きのあまり唖然となった。その、声は……いや、まさか。信じられない。
「嘉山……なのか?」
慌てて電気をつける。教室の壁に凭れかかるようにして蹲って、泣いていたのは、俺もよく知るヤツだった。
表情をうまく作れているか分からない。俺の方を見ているソイツも、ひどく動揺しているようで。
「なんで、まって…俺、やだ、見ないでっ、あごめっ」
「待てよ、落ち着け。あの…や、大丈夫だから、まずは息つけよ」
なぜかそうすべきだと思って、一度はつけた電気を慌てて消す。部屋にはしばらく、嘉山の荒い息と嗚咽が響き渡った。
まるで、今日授業で習った、超新星爆発だ。現実をとらえきれず、ふやけてしまった脳でぼやぼやと考える。恵みをもたらす光と熱の恒星、俺らの中心。そんな、太陽が一生を終える瞬間。
今この瞬間、そんなことを考えているなんて、人が聞いたら笑うだろうか。でも、俺にとって、目の前で起こっていることは、思考能力がぶっ飛ばされてしまうほどの大事件だった。
いつでも余裕で、何でも笑ってこなして、周りに暗い顔をする奴は決して作らなくて、ずっとずっと、光り輝いている。俺の知る嘉山照という男は、そんな、本物のヒーローのようなやつなのだ。
今、数歩先の暗闇の中にいるソイツは、まるで余裕なんてなくて、はたから見ても、笑顔の作り方を忘れてしまうんじゃないかってほどに苦しそうで。偶然見てしまった俺まで泣きたくなってくるほどに、重く悲しい闇を湛えていた。
「……どうしたんだよ」
思いのほか、鋭い声が出た。自分でも分からないが、なんだか無性にイライラした。勝手に抱いていただけのヒーロー像が裏切られたことに、落胆しているのかもしれない。
今、俺はどんな顔をしているだろうか。眉間に力が集中して、顔全体の筋肉が、こわばっていることだけは感じられる。つらいのは、目の前にいる、嘉山の方だというのに、こんな表情をしていてはだめだ。わかっているのに、突き上げるような正体不明の激情に、どうすることも出来ずにいる。
そんな俺の表情に気付いてか、気づかずか、嘉山は目元に涙をなみなみと溜めたその顔のままで、へらりと笑顔を作って見せた。
「俺……帰るとこ、なくなっちゃった……笑える、よね?」
「……は?」
ははは、とソイツは乾いた笑いを漏らす。暗い部屋の中で、目の前の男の表情が、やけにくっきりと見えた。
痛々しい程に赤い目元が、声にならない叫びをあげているのに、教室の時計が刻む秒針の音が重ねられていくほどに、その叫び声が、何かに押し付けられるように小さくなっていく。笑顔に押しつぶされて、『嘉山照』が沈んでいく。
嗚呼。
先ほどまで、俺の胸をかき乱していたもやもやの理由が、今腑に落ちた。俺は、隠れて泣きながら笑顔の仮面をかぶる、この男の生き方の悲しさに、激しい怒りを抱いているのだ。
「学校で、寝るつもり、だったのか?」
「そ。バレたらどうなるんだろうね?湊は早く帰りなよ、見つかったら、君も同罪だよ?」
冗談めかしく言って、嘉山はまた笑って見せる。その笑顔はあまりにも『いつも通り』で、まるで何もなかったかのように、一瞬、俺を錯覚させた。それに気づいた瞬間、言いようのない怒りが、俺の腹の奥底で爆発した。
「来いっ!」
突き動かされるように嘉山の腕をつかんで、ずんずんと廊下を進む。
「え、ちょっと」
俺の激情の赴くまま、俺たちは夜の校門を飛び出した。
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