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神隠したちの後日談1
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神隠し1:天狗
「正直、僕は」
ある人間嫌いの人間は、眉一つ動かさずにこう言った。
「人間のほうが、よほどあなた達より『人でなし』だと思いますよ」
相変わらず、可愛げのない声なことで。
俺なんかより千年以上も年下だというのに、まるでこの世界のすべてを悟っているかのような生意気な声だった。
「ふはっ、喜んでいいのかどうか分からねぇな!」
「喜んだらいいじゃないですか、素直に相対的な誉め言葉として言っているんですから」
「ばーか、誉め言葉だから喜んでいいのか分からねぇんだよ。
俺たち妖怪は、『獲物』に褒められたところで何の得もねぇんだから」
そう、コイツは獲物。
絶対に逃げることもできないまま、俺に食われるだけの哀れな人間だ。
「なぁ、お前は知ってるだろ?
俺を本当に喜ばせたいなら、何をすればいいのか」
こうやって腕の中に閉じ込めて、たっぷりの恐怖と苦痛を植えつけて、美味しくなったところをゆっくりと食われる家畜のような存在。
……本来は、そのはずだったのに。
「別にあなたを喜ばせたいだなんて、僕は一言も言っていませんが」
「へぇ、そりゃ好都合だ!
つまり今襲えば『無理やり』が成立するってことだからな!」
いつのまにか、この人間は俺の日常の一部になっていた。
それこそ、このまま飼い続けるのも悪くないと思うほどには。
「……ホント、悪趣味ですね。
そこは文字通り人でなしだ」
「そりゃどーも。
やっぱり俺は、怖がられるほうが性に合ってるみてーだわ……っておい」
まぁ、この人間にはそのつもりなど毛頭ないようだが。
言い終わると同時に押さえつけようとしていたことは既に見透かされていたらしい。
俺の台詞が終わるか否かという絶妙な隙をついてするりと腕の中から抜け出し、俺から離れるように駆け出していってしまった。
家畜の分際で、なかなかに癪なことをやってくれるようになったじゃないか……衝動的に湧き上がる昂奮で、頬がぬぃっと吊り上がった。
「……やれやれ、俺相手に鬼ごっこか?
まぁせいぜい足掻いてみろよ、できるもんならな」
「人間だからって舐めてかかるの、そろそろやめたほうがいいと思いますよ。
無抵抗に抱かれるほど、僕はお人好しじゃないですの…でっ!?」
こちらもすぐさま床を蹴り、煽りを吐いた口が閉まるよりも前に、小さくてのろまな体躯を羽交い絞めにする。
一里も離れていない距離など、もはや俺には距離ですらない。
「はっ、デカい口叩いた割にはあっという間に捕まってんじゃねーか。
さて、どうやって躾けてやろうかねぇ」
「……っ、はぁ、気が早いというか本能に忠実というか。
このまま素直に僕が大人しく犯されるだけだと思っているのだとしたら、おめでたい脳内ですね」
……ああ、本当にコイツは初めて会った時から変わっていない。
可愛げがなくて台詞だけは飄々としていて人間と思えないくらい俺たち妖怪に反抗的で、けど抱き潰してやれば娼婦よりも色のある声で鳴く、そんなおかしなクソガキのままだ。
むしろおかしなガキだったから、俺なんかに見初められる羽目になったんだろうけれど。
~・~・~
神隠し2:???
今日も山は平和だ。
というか、平和になってしまった。
ここ二百年は、本当につまらない。
人間が全然来ないのだから。
「あ、こんにちは。
今日も川遊びしてるんですね」
「あ、やっほ~!
遊びにする? 泳ぎにする? それともク・ス・リ?」
だけど、最近は少し面白くなった。
ボクの店を贔屓にしてくれているおっさんが、人間を連れてきて飼い始めたから。
しかもこの人間、ボクと同じで若い。
背も低くて可愛い、まだ子どもの人間。
時々こうやって山に放し飼いにされている時があって、その時は遊ぶことができる。
もしおっさんのものじゃなかったら、ボクのお嫁さんにしてたのに……と思うくらいには、遊ぶのはとっても楽しい。
「どこで知ったんですか、そんなネタ」
「ん~、多分アニキからもらった何かの本だったと思うんだけど、忘れちゃったな〜。
それでさ、今日は何する?」
少し残念なのは、この男の子はあまりボクのことが好きじゃないってこと。
あまり構ってくれないし、遊ばせてくれない。
何回も大好きって、お嫁さんになってってたくさんアプローチしているんだけど、いつも冷たくあしらわれてしまう。
「いや……その3つでしたら遠慮しておきます。
たぶん、僕の体がもたないので」
まぁ、その理由はボクも分かっているんだけど。
「え~、それが楽しいんじゃん。
今どきなかなかいないからね、おもちゃにできる人間って」
「そこらの動物じゃ間に合いませんか」
「合わないね~、やっぱり喋んないし、表情もあまり変わらないしさ。
キミはいい反応してくれるから大好きだよ。
やっぱボクとキミは惹かれ合う『ウ・ン・メ・イ』、なんじゃな〜い?」
ボクには人間「と」遊ぶ趣味なんてない。
人間「で」遊ぶのが好きなのだ。
人間を食う妖怪がいるのと比べれば、生かしてやっているボクはまだ優しいほうだと思うのだが、この子にはどっちもどっちだと言われてしまった。
「まぁ、その嗜好自体は否定しませんよ。
それを僕が受け入れるかどうかは別として」
「やだな~、遠回しにフラれちゃった。
でもでも、ボクがキミの言うことを受け入れる気もないんだよねぇ」
まぁでも、もともと人間の都合なんて知ったこっちゃない。
嫌がるのならとことん嬲りたくなる、それが妖怪の本能ってやつだから。
でも、残念なことがもう一つあった。
この男の子、とてもすばしっこいのだ。
捕まえようと思って手を伸ばそうとしたら、ひょいっと身を躱して木の上に登ってしまった。
「ちぇ~、失敗かぁ。
会ったばかりのころは素直に水の中に引きずり込まれてくれたのに」
「まぁ、同居している相手が相手ですからね。
これでもあの人には全く敵わないんですけど」
「納得、あのおっさんから逃げる練習してたらそりゃ速くなるよね」
今日は結局、お話だけで終わってしまいそうだ。
でもボクはこの子が大好きだから、お話するだけでもすっごく楽しい。
次こそは捕まえてやろうっと。
だって「あの子」の時みたいに逃しちゃうのは、もう二度とごめんだから。
~・~・~
神隠し3:???
チャイムが鳴って、いつも通りに授業が終わる。
……いつも通り、一人分の空席を残したままで。
行方不明になったクラスメートは、もういないことが日常になりつつある。
最初は彼に関するうわさ話で盛り上がっていた教室の生徒たちも、今はもう学年末テストの勉強で頭がいっぱいだった。
「……今思えば、マジでお前の言うとおりだったな。
お前にラブレター書いてた女子たちも、時間がたったらお前のことなんか完全にアウトオブ眼中になってら」
そのクラスメートは、俺の唯一の友達だった。
だから今の俺は、クラスの中で完全なるぼっち状態。
居場所は知っているし会いには行けるから、友達ゼロではないのが唯一の救い、といったところか。
……そう。
俺は、俺だけはアイツの居場所を知っている。
でももう、アイツは自分の家には帰れない。
妖怪に目をつけられて、攫われたから。
人間たちは全くそのことには気づいていなくて、的外れなやり方でアイツとその誘拐犯を探している。
でもきっと、帰れたとしてもアイツは帰りたくないと言うだろう。
前に会ったときは、こう言っていたっけ。
『最低限の衣食住を保証してくれる保護者、素直な変わることのない好意を向けてくれるお兄さん、ずっと友達でいてくれるオタク仲間……そんな妖怪たちといたほうが、僕は幸せだよ』
小さく微笑みながら、アイツはそう言っていた。
人間に近づく妖怪にロクなやつはいない。
そしてアイツも、そのことは身をもって分かっているはずだというのに。
たくさん酷い目に遭わされてきたに違いないのに。
それ以上にアイツは、これまで関わってきた人間に酷く絶望していたのだろう。
「今日は遊びに行くか」
同類の妖怪たちから蔑まれようと詰られようと、少なくとも俺だけは……友達として、アイツを守ってやらないといけない。
「今日もお守り(おもり)に行くの?
大変だね」
今日も俺と同じ「擬態」の得意な妖怪が、揶揄うようにそんな台詞を投げかけてくるが、そんな聞き飽きた台詞は無視に限る。
そんなノイズで頭を満たすより、アイツを守る方法を見つけることに頭を使ったほうがよほど有意義だ。
そうでもしないと、「幸せ」の基準がバグったアイツは、簡単に命を奪われてしまうだろうから。
「……ん、金はまぁまぁあるな。
なんか好きな本でも買っていくか」
スマホを取り出し、メッセージを送る。
ー今日、「ししのほら」によってから
そっち行こうと思ってんだけど、
何か買ってきてほしいマンガって
なんかあったりするあるか?ー
電車に乗ったところで、返事が返ってきた。
ーありがとうね、いつも。
でも今日はそっちのおすすめの
本も読んでみたいかも。
もちろん代金は
うちのおっさんに支払わせるよー
「……ほんと、たくましいよなぁ」
このメッセージの送り主が「妖怪に食われるために拉致された人間」なのだと言われたとして、いったい誰が信じるだろうか。
さて、せっかく俺の趣味にも興味を持ってくれたのだ、アイツにぴったりな布教用のマンガを買っていくとするか。
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