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・・・。
見慣れた白い天井と、痛む背中。
首を動かすと、リビングの窓が開けられていて、カーテンが陽の光を受けながら揺れていた。
「・・・忍?」
喉がカスカスで、声が上手く出ない。
寝れないと思っていたのに、実際は寝てしまっていたようだった。
起き上がって周りを見渡すと、テーブルに手紙が置いてあった。
『賞味期限切れの卵って、どういうこと?』
え?
「忍、どこだ?」
慌てて寝室、風呂、トイレを見に行ったがどこにもいない。
玄関にあった忍の靴が無いのを見て、気持ちが沈んだ。
キッチンへ行くと、フライパンに目玉焼きが作ってある。
店の完璧な目玉焼きではなく、両面を焼いた堅焼きだ。
ツナ缶とマヨネーズが調理台に置かれていて、それを食えということらしい。
マグカップには、インスタントのコーヒー粉が入れてあって、至れり尽くせりの朝食に涙が出そうだった。
・・・一緒に朝メシ食おうと思ってたのに。
有名チェーン店のバーガーショップからデリバリーをするつもりだった俺は、拍子抜けして額に手を当てて俯いた。
『賞味期限切れの卵って、どういうこと?』
おはよう、でもなく、朝ご飯食べてね、でもなく、忍らしい毒づいた手紙に笑ってしまいそうだった。
同時に、まるで昨日のセックスが無かったかのような振る舞いに、落ち込んでため息が出た。
忍らしい肩を張った感じも、可愛くて、でも淋しい。
手紙は、たったそれだけ。
忍に連絡しようとキッチンに置きっぱなしだったスマホを持ち上げて気が付いた。
忍の連絡先を知らなかったことに気付いたのだ。
店の名前、なんだったかな・・・。
地図を開いてパチンコ屋の裏通りを見ていくが、あのお店らしき喫茶店が出てこない。
なんだかキツネに摘まれたような気分になって、フライパンの卵を見つめた。
食ったら、行ってみよう。
行って、忍の顔を見ないと何も始まらない気がした。
謝りたいけど、謝ったら傷つけてしまう気もして、最初の言葉を何て言えば良いのか分からなかった。
フライパンの中の卵に、醤油を掛けた。
ツナ缶を開けて、マヨネーズを搾り入れた。
油に浮いたマヨネーズが缶の中で漂っていて、うだうだと考えている自分にそっくりだと思った。
箸をツナに突き刺して、ぐちゅりと回すと油が溢れて更に汚くなった。
最低だ。
『賞味期限切れの卵って、どういうこと?』
全くだよ、忍。
俺はひとりでは何も出来ないらしい。
手を洗ってから、冷凍庫の米を取り出した。
これだって、元嫁の置き土産だ。
自分では、米さえ炊いたことがない。
忍は・・・なんでもひとりで出来る。
ひとりでいる覚悟が違うんだ。
なぜ惹かれるのか、ほんの少し分かってきた。
あの可愛い八重歯も、はしばみ色の瞳と、口を開けば強気の発言も。
店をひとりで切り盛りする姿も、おばあちゃんへの覚悟も。
眩しいんだ。
俺にとっては、太陽みたいに眩しくてならないんだ。
同情?
笑わせる。
憧れの気持ちが大きい。
すとんと落ちた。
もやもやしていた部分が、方程式みたいに解けて急に分かり出した。
フライパンの卵に齧り付いた。
あの完璧な目玉焼きとは違うけれど、忍の焼いてくれたソレは塩味が効いてて美味く感じた。
「・・・クソッ!」
ツナ缶まで塩辛い。
ぼんやりとしか見えない視界で、俺は嗚咽を漏らしながら米を掻き込んだ。
忍。
忍、忍。
お前の側に居たい。
お前が欲しい。
側に居て欲しい。
これが恋なのか分からないけれど、忍の側にいたいと思った。
やっぱり身勝手な大人の考えは変わらなくて、あまりの汚らしさに更に自分が嫌いになった。
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