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「ちょぉっと待ったーーーーッ!!」
・・・加藤の、まるでかつてのテレビ番組のような静止の雄叫びに、周辺の人たちは一斉に俺たちを見た。
「きゃッ!!」
山田さんを守るように両手を広げた加藤は、必死の形相になった。
「だ、ダメだ新里!山田さんのご迷惑になる!!」
「なっ!加藤、邪魔するな!」
加藤の肩を押して山田さんの前に立とうとすると、加藤は手のひらを俺の胸に当てて物凄い力で押し返した。
「ダメ!ぜぇっったいにダメ!!」
・・・やだわ、ワタシを取り合ってるみたいで素敵。
山田さんの呟きが聞こえてきたが、ふたりとも無視した。
「何でだよ!話を聞いてもらうだけだろ!」
「お願いって言ったお願いって言ったお願いって言った!」
「最終的にはって話だろ!」
「だから最後にお願いするんだろッ!!」
加藤の言葉にカッとなった。
「俺を縛りつけんなッ!」
「そんな趣味は無いッ!!」
ギャアギャアと言い合っていると、山田さんが出てきてグイッとふたりの肩を握った。
「「イタタタタタタタタタッ!!」」
「まあまあ、ふたりとも。とりあえずワタシの店に行きましょ。・・・歩けるわよねえ?」
笑顔で凄まれた俺たちは、力強く頭を振り下ろした。
------------※ ※ ※------------
「ここよ。」
「「お邪魔します。」」
初めて踏み入れた、夜の二丁目。
メイン通りにある山田さんの店は、看板の照明を落としてひっそりと眠っていた。
「chizoooo・・・。山田さんはチズさんって言うんですか?」
「ええ、本名は智樹(ともき)なんだけど、智樹(ちず)と読み替えてお店の名前を付けたの。それに、」
カウンターに入った山田さんは、笑顔で振り返った。
「珍獣が集まる動物園って意味も込めたの。繁盛して欲しくって。」
「ZOO・・・か。」
誰もいないバーは、不思議な感じだ。
「・・・このアクリル板が無粋な感じがして、まだ慣れないんだけど。すずは、いっそ博多のラーメン屋さんみたいに木製の壁で仕切ってしまえと言うのよ。」
「ああ、なるほど。」
たぶんバーには出会いや、会話を求めて来ているのに、ちょっとそれはそぐわない気がする。
「コロナの環境下では、なるべくこの環境に寄り添っていこうとは思うんだけど。これじゃあ、ねぇ・・・。」
きっとバーには、山田さんに話を聞いて貰いたくて通ってくる人もいるのだろう。
「さ、おしぼりはないけど、お茶なら出せるわ。」
手洗い、消毒の繰り返しで、手の皮膚は薄くなっている。
それでも、このコロナ禍では欠かせない。
そして、このアクリル板も。
「どうぞお構いなく。」
「ううん、ワタシが飲みたいの。付き合ってちょうだい。」
お湯を沸かした山田さんは、急須に高温のまま湯を注ぎ蒸らし始めた。
「加藤さんはご存知かしら。」
「え、何をです?」
「茶葉によってお湯の温度を変えなきゃいけない話。」
「え?!そうなんですか?」
黙り込んでいた加藤に、山田さんは話を振っている。
あたりには、ほうじ茶の香ばしい香りが漂ってきた。
「全然違うの。煎茶は少し冷ました70度から80度。玉露は50度でじっくり旨みを引き出すのよ。・・・このほうじ茶は沸かしたてのお湯で頂くの。」
久しぶりに聴く、急須からお茶を淹れる音。
ざわめいていた心が落ち着くのを感じた。
「はい、ふたりとも。どうぞ。」
ふわりと立ち昇る湯気。
マスクを取ると、その優しい湯気が乾燥した鼻腔を優しく湿らせた。
・・・山田さんは、凄く良い人だ。
人格者と言って良いんじゃないかな。
「・・・同じお湯だけど、茶葉によって温度を変える。人付き合いもそういうものだと思うの。」
時には熱く。
時には包み込むように優しい温かさで。
俺は山田さんに、すっかり魅了されていた。
「・・・山田さん。」
「ええ、新里さん。是非、お話を聞かせて。」
加藤は、湯飲み茶わんを見つめたまま動かない。
その様子をアクリル板越しに一瞥すると、俺は山田さんを見つめた。
「話は月曜日に遡ります。」
俺は、全てを話すことを選択した。
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